2010年1月6日水曜日

現実問題として、FTA等により自由化を補完しない限り世界大の自由化達成は困難

(1) 地域統合に関する経済理論

 FTAを含む地域統合の経済効果は、通常関税引下げを通じて資源配分の効率性に影響を与える静態的効果(static effects)と、生産性上昇や資本蓄積等を通じて経済成長に影響を与える動態的効果(dynamic effects)の2つの効果に分類される。また近年FTAに関する経済分析においては、国内の利益集団の行動をモデルに取り込んだ形の政治経済的理論が多く開発されており、地域統合の拡大と多角的貿易自由化ではどちらが機動的に世界大の貿易自由化に達成し得るかという分析もなされている。こうした理論モデルの中には、FTAに対して肯定的な含みを与えるもの、批判的な含みを与えるものの両者が存在しているが、いずれも今後我が国がEPA等の締結を検討していく際に考慮すべきいくつかの視点を与えている。

1)静態的効果(注228)
 (貿易創造効果と貿易転換効果)
 FTAに伴う域内国間の貿易障壁撤廃は、域内で取り引きされる財・サービスの価格の変化を通じて、域内・域外との貿易量や経済厚生をそれぞれ変化させる。域内障壁の削減に伴い、従来から行われていた域内貿易が更に拡大するケース(貿易創造効果)においては、輸入国の消費者は同じ輸入財・サービスをより安く消費することができ、一方、輸出国の生産者も輸出の拡大による利益を得ることができるため、域内国の経済厚生は上昇する。
 一方、FTAに伴う障壁撤廃は域内に限定されるため、本来ある財を低コストで生産可能な域外国からの輸入に対して関税が賦課される結果、高コストであるが関税が賦課されていない域内国からの輸入に転換され(貿易転換効果)、域外国の厚生のみならず域内国の厚生さえ減少する場合(注229)もある。
 あるFTAの締結が貿易を創造するか、転換するかということは一国の中でも産業ごとに異なっており、最終的な経済厚生がどのように変化するかということは、消費者、生産者等、各経済主体ごとに異なるであろう。同じ生産者の中でも、輸出業者か輸入業者かにより、あるいは財・サービスの競争力の程度によって受ける影響の方向性や程度は異なる。したがって、FTAの経済効果を評価する際には、可能な限り産業別・経済主体別に切り分けた評価を行う必要がある。
 また、理論上世界全体にとっての最適な政策(first best policy)とは、あくまでも域内外を問わず無差別に自由化を行う場合であり、一部の国に対して特恵的に関税撤廃を行うFTAは次善の策(second best policy)であるということにも留意する必要がある(注230)。したがって、FTAの効果を評価する際には、現状の経済厚生とFTAを締結した場合の対比のみならず、一方的な自由化、他の国とのFTA締結、多角的な自由化等、ほかの政策オプションとの相対的な比較を行う必要もあろう。

 (FTA締結のあり方が厚生の変化に与える影響)
 貿易創造効果を最大化するFTAのあり方、あるいは貿易転換効果を最小化するFTAのあり方については、これまでいくつかの提案がなされている。
 域内国の貿易創造効果を最大化し、間接的に域外国への貿易転換効果を最小化するためのFTAのあり方としては、“natural trading partner(NTP)”という考え方が提唱されている(注231)。 NTPという概念は、大きく以下の2通りに定義されている。第一に、締結前に貿易量が大きい国同士がNTPであり、これらがFTAを締結する場合は不自然あるいは恣意的な貿易の流れが発生する可能性が低いため、域内国の厚生が上昇する可能性が高いという考え方である。こうしたNTPの議論は、望ましい FTA締結相手国を判断する上での1つの基準を与えるものである一方で、1)A国の輸出に占める対B国のシェアが大きかったとしても、B国にとっては必ずしもそうではないこと(非対称性の問題)(注232)、 2)貿易障壁やその他の地域統合の影響等により、FTA締結前の貿易量自体が過大(過小)であった可能性もあると考えられること、等の問題点も指摘されている。第二に、地理的に近い国同士がNTPであり、これらがFTAを締結する場合に輸送コストが節約されることにより域内国の厚生を上昇させるという考え方も存在する。これに対しては、FTAがもたらす利益の大きさと、締結国間の地理的な近接性とは無関係であり、むしろ地理的には遠いが、比較優位の異なる国とのFTA締結の方が厚生を上昇させるという反論もなされている(注233)。
 このほか、域外国への貿易転換効果を最小化するためのFTAのあり方としては、ケンプ=ウォン=大山の定理が挙げられる。同定理はFTAにより域外国との貿易が減少した場合、貿易量が元の水準に回復するように域外関税の水準を調節することにより、理論的には貿易転換効果がもたらす負の影響を排除することは可能となるという考え方である(注234)。この定理の最大の貢献は、域外国の厚生を低下させないFTAというものが、理論的に存在するということを初めて示したことであろう。一方、現実の貿易量は多様な要因により日々絶えず変動しており、域外の貿易量が変化しないよう関税をその都度変更することは容易でないという批判もなされている(注235)。
 また、現行のWTOのGATT第24条(注236)は域外国の厚生を保証する上で十分か否かという議論もなされている。例えばFTA締結国の設定する域外関税が低ければ低いほど貿易転換効果は縮小すると考えられるが、現行のGATT第24条で規定されている「域外関税率を引き上げてはならない」という要件は、必ずしも貿易の歪みを完全に除去するための十分条件ではないという批判もなされている(注237)。

 (原産地規則に関する留意点)
 域外に対して共通の関税率を課している関税同盟と異なり、FTAにおいては域内各国が域外に対して独自に関税率を設定することが可能となる。この結果、 FTAにおいては、関税率の低い他の域内国を経由した域外国からの迂回輸入を防止するために、厳格な原産地規則が設定されている。つまり原産地規則の目的は、域外国によるFTAへのフリーライドを防止しながら、域内国が免税措置の恩恵を享受する点にある。
 一方、本来域外の低コスト企業から中間財を輸入し、加工を施した後に他の域内国に輸出をしていたある域内企業が、FTA締結後に原産地規則を適用して関税の無税化の恩恵を受けるために、あえて域内の高コスト企業からの中間財を輸入する場合、貿易転換効果が増大する可能性が指摘されている(注238)。また、ある国が複数のFTAを締結しており、各FTAごとに異なる原産地規則を設定している場合、通関手続きが煩雑になるとの指摘もなされている(注239)。

2)動態的効果
 静態的効果に加え、FTAは生産性の上昇と資本蓄積という主に2つの段階を経て加盟国の経済成長に対して影響を与えるが、このような効果は動態的効果(注240)と呼ばれている。

 (生産性上昇に伴う経済成長)
 FTAが生産性上昇をもたらす要因としては、1)市場拡大効果、2)競争促進効果、3)技術拡散効果、4)制度革新効果が指摘されている。市場拡大効果とは、域内の貿易及び投資障壁が削減される結果市場規模が拡大し、規模の経済が実現することに伴う生産性上昇である。次に競争促進効果とは、安価な財・サービスの流入や外資系企業の参入に伴い国内市場の競争が促進することによる生産性上昇である。また技術拡散効果とは、海外の経営者、技術者等が自国に流入してくる場合に、優れた経営ノウハウや技術が自国に拡散(スピルオーバー)することに伴う生産性上昇である。最後に制度革新効果(注241)とは、FTA締結に向けた研究及び交渉、あるいはFTA締結後の協議等を通じて、加盟国間でより効率的な政策・規制等のあり方に関するノウハウが共有・移転されることに伴う生産性上昇である(第4―3―5図 の左図1))。

 (資本蓄積に伴う経済成長)
 上記のような生産性上昇が生じた場合、加盟国における期待収益率の上昇あるいは不確実性の減少等を通じ、国内投資の増加のみならず直接投資等の形態で海外から資本が流入・蓄積され、当該国の生産量の拡大に寄与する(第4―3―5図 の右図2))。このような資本蓄積は、研究開発投資の増加等を通じて更なる生産性の上昇をもたらす、といった正のフィードバックをもたらし得る。
 一方、FTAにおいて域外産品に対して差別的措置を採用する場合、世界的な直接投資の流れに歪みをもたらす可能性がある(投資転換効果)。例えば、FTAにおいて厳しい原産地規則が存在する場合、域外国から域内への輸出が、域内への直接投資に代替される可能性もあろう。
 なお、関税障壁撤廃を中心とする伝統的な地域統合と比較して、今日のFTAには投資、競争、人の移動、環境、労働等といった新分野のルール(「WTOプラス」の部分)が含まれているが、こうした項目は資本蓄積効果、競争促進効果、技術拡散効果といったFTAの動態的効果を最大化する上でも有効なルールと考えられる。

 以上、FTAの経済効果の基本的な考え方について整理を行ったが、こうした効果の大きさや波及の経路は、協定を締結する相手国の市場規模、経済・技術水準、産業構造により異なるであろう。例えば、関税の自由化は既に進んでいるが、投資意欲が旺盛であり、かつ高度な経営ノウハウ・技術水準を有する先進国とのFTA/EPAにおいては、外国資本の流入や技術・ノウハウの拡散といった動態的効果が期待される。一方、市場規模は大きいが技術水準は低く関税障壁が残存している途上国とのFTA/EPAにおいては、静態的効果の獲得、あるいは規模の経済等を通じた動態的効果が期待される。したがって、FTA/EPA の経済効果を最大化するためには、協定を締結する相手国の特性や協定の内容を踏まえ、それらが資源配分の効率化や、競争促進、規模の経済、技術の拡散、資本蓄積といった経済成長の源泉を得る上で十分か否かという観点から検証を行うことが有効であろう。
 また、動態的効果の中でも、例えば市場拡大効果は相手国側の市場開放に伴って得られる利益であるのに対して、自国内における資本蓄積、競争促進、技術拡散といった効果については、自国市場が外国企業にとっても十分開放的、魅力的なものとなって初めて得られる利益であると言えよう。

3)動学的時間経路の分析(Dynamic Time-Path Analysis)
 FTAの評価を行う際には、域内自由化の効果のみをもって評価するべきではなく、いかに多角的自由化を補完し得るかという長期的な視点から評価を行うべきであろう。このような問題意識に基づいた分析は、動学的時間経路の分析(dynamic time-path analysis)と呼ばれる(注242)。こうした分析はこれまで数多く行われており、FTAが1)多角的自由化を推進する、2)多角的自由化を阻害する、という双方の見解が示されている(第4―3―6表 )。

 (FTAが多角的自由化を推進するとする主張)
 一般的に多角的自由化は、貿易障壁による市場の歪みを残さずに世界全体の厚生を高めるという意味において最適な政策(first best policy)である。しかしながら現実的には、各国は世界大の自由化達成を目標としつつも、多国間の自由化交渉における利害関係の複雑さ故にその実現が容易でない場合もある。その際にFTAの拡大は、1)交渉主体数の減少による交渉の効率化、2)小国の交渉力の増大、3)国内産業調整の進展による衰退産業の政治的反発の減少、4)経済成長を通じた途上国の多角的交渉への参加促進等の理由で、多角的交渉を促進させる可能性がある。また、域外国にとっても、 FTAの規模が拡大するに従い、域外国であり続けることの不利益が増大することにより、FTAへの参加インセンティブがドミノのように連鎖的に高まるとの指摘もある(注243)。

 (FTAが多角的自由化を阻害するとする主張)
 一方、FTAに伴う域外国への貿易障壁の残存が、域内国の価格支配力の増大や国内産業の保護等を通じた利益(レント)を与える場合、FTAは必ずしも多角的自由化を推進しないという指摘も存在している。例えば域内国にとっては、FTAの加盟国数が少ない間は自由化による利益が保護の利益(レント)を上回っているが、加盟国数が一定以上に拡大すると、交易条件の悪化等により逆に自由化の利益が逓減するほか、利益集団等の働きにより世界大の自由化には到達しない可能性があるという主張もある(注244)(第4―3―7図 )。特にFTAに新規加入するに当たり、既存の加盟国の承認を必要とする場合は、上記で懸念されているようにFTA加盟国数の拡大が途中で止まってしまう可能性も否めない(注245)。ただし、こうした問題を回避するための1つの方策として、「新規加盟を希望する国は必ず受け入れなければならない」というルール導入に関する提案もなされている(注246)。
 以上、FTAは多角的交渉を促進し得るか否かという議論について両者の整理を行った。FTAが多角的自由化を推進するという指摘は、各国の最終目標は世界大の自由化であるが、既に多角的自由化交渉の機動性が低下傾向にあるために、現実問題として、FTA等により自由化を補完しない限り世界大の自由化達成は困難であるという考え方に基づいている。一方、FTAが多角的自由化を阻害するという指摘は、必ずしも各国は世界大の自由化達成という目標を共有しておらず、むしろFTAによる特恵的な利益の獲得のために行動するという考え方に基づいている。現実の世界において各国がFTAを締結する際には、必ずしも上記のように両極端な立場のみに立脚しているわけではなく、両者の中庸を模索しながら政策を運営していると考えられる。我が国が対外経済政策を実施していく際には、このような理論を踏まえながら、多角的自由化に資するようなEPA等の締結のあり方を模索していく必要があろう。

第4―3―5図 動態的効果の2つの経路
第4―3―6表 FTAが多角的自由化に与える影響
第4―3―7図 FTAの拡大による厚生の変化

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