2010年1月5日火曜日

世界の貧困削減のための効果的な援助

(2) グローバリゼーションの時代に対応したセーフティネットの整備

 以上見てきたとおり、経済全体が成長してもその成長の利益をすべての人々や国々が享受できるわけではない。これは、決して今に始まったことではなく、古来より見られることである。しかしながら、近年特にグローバリゼーションを通じた経済成長に対して一部で抵抗が見られる背景には、従来にも増してグローバリゼーションのスピードが高まり、世界的な規模での優勝劣敗が顕在化しやすいことが挙げられよう。確かに、競争を通じた効率性の追求のみでは、経済全体の大きさを拡大させるものの、その拡大の果実が個々に平等に均てんされる保証はなく、時には大きな格差をも生み出す。以上でも見たように、「反グローバリゼーション」の主張は、近年急速に進展するグローバリゼーションが社会環境の変化や国際的又は国内的な格差をもたらし、緊張を生んでいることを背景としている。しかしながら、交通、通信等の分野における技術革新を背景に、国境を越えてモノ、カネ、ヒト及び情報の流れが増大する中で、グローバリゼーションの流れは不可逆的なものであり、前項で見たとおり、グローバリゼーションを拒むのではなくむしろ積極的にそれに対応し、その活力を経済成長につなげていかなければ、ますます世界から取り残されてしまう。したがって、保護主義的な措置では、グローバリゼーションによって生じる格差や緊張は解決しない。むしろ、グローバリゼーションによって生じる格差や緊張に対するセーフティネットを整備することによって、急激な社会経済の変化に対する不安を取り除きながら、グローバリゼーションの活力を世界経済の発展につなげていくことが重要である。
 
1)国内の労働環境の変化に対応するセーフティネット
(積極的労働政策と消極的労働政策)
 多くの工業国では持続的な高失業率、所得格差の発生、グローバリゼーションに伴う変化の速さに対する社会的懸念が増大しており、経済成長による利益が多くの人々に分配されるような政策的対応が求められている。グローバリゼーションがもたらす国内の雇用環境の変化に対するセーフティネットとしては、積極的労働政策が注目されている。
 従来の労働政策は、失業手当の給付や早期退職奨励措置等、既に失業した者を対象とした、いわば受動的・事後的な消極的労働政策と呼ばれるものが中心であった。これに対し、注目されている積極的労働政策は円滑な労働移動を実現することを目的とし、労働需給のマッチングを促進し失業の抑制を図ると同時に失業者の能力開発に重点を置く政策であり、職業訓練、雇用創出、職業紹介の3つに大別される。このような積極的労働政策は、貿易投資の自由化や技術の進歩等による労働環境の変化への対応として大きな役割を果たすものである。

(従来の労働政策の問題点と積極的労働政策の重視)
 従来の受動的・事後的な消極的労働政策の問題点としては、いわゆる「失業の罠」と失業手当の給付といった事後的な対応の限界が指摘される。「失業の罠」とは、手厚い給付を受けることで失業の現状に甘んじる「給付依存(benefit dependency)」状態を指すもので、長期失業を招く大きな要因となっている。また、失業手当の給付といった事後的な対応では、長期失業率や若年失業率が高く流動性の低い労働市場においては効果が限定的であることが指摘されている。これは1990年代前半のEUに見られた構造的な長期失業及び若年失業等が解決しなかった要因として挙げられることがある(第3─2─16表)。
 このような中、1990年代にOECDによって積極的労働政策を重視した提言が行われ(注57)、円滑な労働移動を実現し労働者の熟練度を高めることを目標とした積極的労働政策の方針が重視された。各国における取組みも強化され、特にEUでは雇用関連支出に占める積極的労働政策関連支出のシェアが高まってきている(注58)。積極的労働政策の中でも、特に就業能力(エンプロイヤビリティ)の向上に対する取組みが強化されている。

(就業能力の向上)
 就業能力(エンプロイヤビリティ)の向上とは、従来の消極的政策の対象である失業者だけでなく既に就職している者や若年者に対しても職業訓練を施すことにより、若年層の失業率の低下や長期失業の抑制を促し円滑な労働移動を実現しようとするものである。すなわち、適切な教育・訓練を行うことで労働者個人の技術、能力を高め、様々な就業、転職を可能とすることがその目的である。特に長期失業率及び若年失業率が高く労働市場の非流動性が指摘されるEUにおいて重視され、職業訓練や若年者対策といった就業能力関連の公的支出シェアが拡大傾向にある。
 他のEU諸国に比べ若年失業率の低いドイツでは、職業教育と企業内訓練を組み合わせた訓練プログラムが人材育成の中心を担っている。1990年代を通して若年失業、長期失業を縮小させてきたデンマークでは、積極的労働政策への公的支出のうち職業訓練関連支出のシェアを高めてきた。その職業教育・訓練の特徴は、単に失業者を対象とするのではなく労働者一般、特にブルーカラーを対象としており、円滑な労働移動を実現してきた一要素であるとされている(注59)。
 我が国でも社会経済の変化による労働力需給のミスマッチ、厳しい状況が続く雇用情勢、個人の労働への意識変化や労働移動の増加の現状を踏まえ、企業主導による職業訓練から個人の主体的な職業能力の開発、向上へと重点が移りつつある。具体的には、1998年より教育訓練給付制度が実施されており、厚生労働大臣の指定する教育訓練の受講者に対し、訓練施設に支払った受講料等の一部が支給されることになっている。また、ブルーカラーを主な対象とした技能検定制度に加え、1993年より、ホワイトカラーの主要な職務分野に必要な専門知識・能力を体系的に習得することを支援する制度として、ビジネス・キャリア制度が運営されている。

2)国際的な所得格差に対するセーフティネット
 世界経済が成長する中で、南北格差の拡大に対する国際的なセーフティネットの整備も、グローバリゼーションを推進していくためには極めて重要である。グローバリゼーションに対応できずに取り残されてしまった途上国に対しては、食料援助等のいわば事後的な支援に加え、グローバリゼーションの進展する世界経済に対応できるような社会経済体制の構築を支援していくことが重要である。

(世界銀行による貧困削減への取組み)
 世界銀行は経済開発のために途上国・市場経済移行国を対象に融資や調査研究を通じた支援を行う世界最大の機関である。姉妹機関であるIMFが比較的短期の経済安定政策を施行するのに対し、世界銀行は中長期の構造調整プログラムに取り組んできた。しかし近年においては、世界銀行はそれまでの開発戦略を見直し、同じく途上国への援助機関としての性格を強めてきたIMFとも協調しながら貧困削減を主目標に据えた取組みを進めている。また、近年においては、より効果的な援助の必要性から、援助供与国、受入国等を始めとして開発に関わる全当事者間の協力が強調され、途上国の貧困削減に向けた取組みに市民社会も深く関与するようになった。

(これまでの世界銀行の取組み)
 当初は経済成長に重点を置き、電力・ガス等のエネルギーやインフラ整備に重点を置いた開発援助を行っていたが、所得分配のあり方の観点から1970年代には教育、保健衛生等の人的開発の充足を目指した。その後、1980年代に入ると、世界経済の成長鈍化や途上国における財政危機といったマクロ経済の不均衡が生じたため、構造調整融資、セクター調整融資を導入し、市場原理の導入に重点を置いた。さらに1990年代には、冷戦後の旧共産主義諸国等の市場経済化支援や、環境保全等の側面を視野に入れた持続可能な開発にも重点を置くようになった。しかしながら、このような取組みにも関わらず、依然として貧困問題が解決しなかったことを受けて、世界銀行は経済成長や構造調整等に重点を置く一方で貧困層や社会的弱者への配慮が不十分であったことを反省し、直接的な貧困層への支援を重視する姿勢に転じた。

(世界銀行の新たな方針)
 貧困問題は構造的、社会的、人的といった多面的な要因を含んでいるとの考えから、世界銀行は、1998年に民間セクターや市民社会等、開発の利害関係者のパートナーシップ関係構築による一体的な取組みを重視した「包括的な開発のフレームワーク(CDF:Comprehensive Development Framework)」(注60)を提唱した。また、IMFとも共同し、途上国のオーナーシップと市民社会との協力を促す、「貧困削減戦略ペーパー(PRSP:Poverty Reduction Strategy Paper)」の作成を融資受入国に義務づけ、新たな取組みを進めている。
我が国としても、途上国に対する二国間援助に加えて、他の援助国や世界銀行といった国際開発機関とも連携、協力を行い、世界の貧困削減のための効果的な援助を実施することが重要である。
 近年、グローバリゼーションは従来にも増してそのスピードを高め、急激な社会経済の変化、時には大きな格差をも生み出す。今後、グローバリゼーションの活力を世界経済の発展へ最大限につなげていくためには、様々な格差が生じないよう対応することが最も望ましい。しかしながら、格差が生じた場合にはこれを是正するために、以上に見たような国内的及び国際的なセーフティネットを整備、強化していくことが重要である。

第3―2―16表 OECD諸国の長期失業率と若年失業率

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