2010年1月5日火曜日

投資分野が21世紀初頭におけるルール・メイキングの重要分野

2.新たな分野におけるルール・メイキング

(1) 投資分野

 1990年代以降、世界での対外直接投資が急増している。この伸びは、同時期の貿易の伸びに比して著しく大きい(注174)。こうした対外直接投資のもたらす便益は、投資国・受入国いずれにとっても大きいことが認識されている。しかしながら、直接投資に関する多国間での包括的なルールは存在しておらず、ルール・メイキングの要請が高まっている。

1)急増する直接投資と投資環境整備の要請
 対外直接投資は、多国籍企業の国境を越えた事業展開等を通じて、経済のグローバル化及び国際経済の持続的成長に貢献している。とりわけ、主要な投資受入国である途上国において、直接投資は、先進技術や経営ノウハウの移転や競争や経済の効率化の促進を通じて、経済成長、雇用、生活水準等の向上に貢献してきた。しかしながら、モノに関しては、GATT/WTOを中心とした累次の関税引下げ交渉を通じて、相当程度貿易自由化が進展しているのに対して、直接投資に関しては、依然として多くの参入障壁が存在しているのが現状である。特に、途上国においては、多くの分野で直接投資の制限が存在している。我が国企業からも法制度の不透明性、外資比率規制等の投資阻害措置といった問題点が指摘されている(注175)。したがって、今後更に直接投資が活発に行われるためには、投資受入国の投資関連制度の透明性や予見可能性が確保できるよう、ルール・メイキングによる投資環境整備が必要である。

2)活発化する二国間投資協定
 こうした背景から、特に1990年代以降、世界では途上国・先進国間の二国間を中心に、二国間投資協定(BIT:Bilateral Investment Treaty)が活発に締結されてきた(第4―2―3図 )。我が国がこれまでに締結、発効した二国間投資協定は、7件と他の先進国に比べると非常に少ない。しかし、近年、我が国も、二国間投資協定と多数国間の投資ルールは相互に補完するものとして二国間投資協定も重要視し、積極的に取り組んでいる。1998年以降、韓国、サウディ・アラビア、メキシコ、インドネシア、ヴィエトナム等と交渉を行っている。
 これまで世界的に、二国間投資協定は、多くの場合、国家による外国投資家財産の収用についての補償、利益や補償金等の送金の自由といった投資後の投資家の事業活動及び投資財産の保護が主な内容となっていた。投資の自由化(パフォーマンス要求(注176)の禁止等)や投資活動の円滑化(透明性等)については十分に盛り込まれていなかった(注177)。近年は、二国間投資協定において、こうした投資自由化に関する規定も含めたより規律の高い規定を設けるものも増加している。我が国も、投資予見性の向上による二国間の投資促進につながるよう、より規律の高い協定を目指して交渉しており、投資の自由化や投資活動の円滑化についても盛り込むよう協議している。
 二国間投資協定においては、多数国間での包括的な投資ルールの策定に比べ、高い規律が実現されやすいという利点がある。したがって、多数国間での投資ルールの策定を補完する観点からも、今後もより多くの国と高い規律を有する協定の締結に向けて取り組んでいくことが必要となっている。

3)MAI交渉の失敗と包括的ルール策定の必要性
 多数国間でのルール・メイキングの試みとしては、1995年以降、OECDにおいて投資の自由化及び保護に関し、包括的かつ法的拘束力のある多数国間投資協定(MAI:Multilateral Agreement on Investment)の策定交渉を行ったことが挙げられる(注178)。これは、WTOにおける投資ルールの策定に先立ってOECDの場で検討が始められたものである。しかし、内国民待遇等の義務に対する「言語及び文化の多様性」保護の例外事項の扱いや、環境・労働等への配慮といった論点について意見が対立し、調整は難航した。また、多国籍企業のみの権利を保護するものとして一部のNGO等からの懸念も寄せられた。その後、フランスが交渉の席から離脱したことにより、交渉は事実上中断したままの状態となっている。
 MAIにおける取組み以外の投資に関する国際ルールとしては、前節で述べたように、OECDの資本移動自由化コードや、WTO協定における TRIM(Trade-Related Investment Measures)協定やGATSがある。しかしながら、いずれも対象範囲・参加国・効力等の面で限定的なものであり、現在のところ多国間での包括的な投資ルールは存在しない(注179)。また、仮に今後投資ルールのネットワークを二国間投資協定で世界に広げるためには、現在締結している約2千件の二国間投資協定を2万件程度まで増やす必要がある(注180)。したがって、多数国間の投資ルールを策定するメリットは非常に大きいと考えられる。
 多国間の包括的な投資ルール策定に対しては、現在も一部の途上国に根強い抵抗感が存在する。これら諸国は、外国直接投資は自国の経済発展に欠かせないと認識しつつも、投資政策を自由化した場合に、多国籍企業がもたらす可能性のある弊害や、一律的な内国民待遇やパフォーマンス要求の禁止により自国の産業政策が制約されることを懸念していると考えられる。しかしながら、第1章における東アジアの発展の分析においても示されているとおり、今後の世界経済の発展における投資の役割は極めて重要である。先進国のみならず途上国も含め、投資保護と投資自由化に関して包括的な投資ルールを策定することの意義は大きく、我が国やEUは、WTO次期ラウンドの交渉項目としても積極的に提案を行っている。新ラウンドの交渉対象となるか否かは、今後の交渉に委ねられるが、投資分野が21世紀初頭におけるルール・メイキングの重要分野であることは論を待たないと言えよう。

第4―2―3図 二国間投資協定の締結状況

0 件のコメント:

コメントを投稿