2010年1月5日火曜日

労働基準と所得水準との間には強い相関関係がある

(3) 保護貿易主義の立場からの主張

1)保護貿易主義の主張
 一方、保護主義的な先進国の労働組合等のNGOの主な主張は次のようなものである。劣悪な労働環境を一向に改善させない途上国は、労働者を搾取することによって低費用生産の優位性を確保する。途上国がこのような劣悪な労働環境を維持することは競争上不公正であるから、こうした慣行によって先進国の雇用を奪う途上国からの輸入を制限すべきである。また、途上国は海外からの直接投資を誘致するために労働条件を引き下げる「底辺への競争」に走り、更なる不公正によって先進国の雇用が奪われるというものである。こうした主張の背景には、輸入国である先進国の産業や雇用を維持しようとする保護貿易主義的な主張がある。しかしながら途上国にとってみれば、低賃金労働力は経済発展基盤として大きな役割を果たしており、世界全体から見れば途上国における生産によって効率的な国際分業体制が実現される。このような経済成長過程は過去に先進国自身も経験してきたものであり、競争上の公正の観点からは批判されるべきことではない。途上国も、保護主義的動機により労働基準の問題と貿易に関する問題とが混同されることを懸念している。

2)労働基準と海外直接投資に関する検証
 海外からの直接投資を誘致するために途上国が労働環境の「底辺への競争」に走ることが、更なる低賃金雇用を創出し、先進国の雇用を奪うとする主張が一部にある。果たして労働条件と直接投資はどのような関係にあるのであろうか。この点について、OECD(2000a)は団結権の制限に関するデータを用いて各国・地域の中核的労働基準の水準を4段階に分類(注48)した上で、直接投資との関係を検証している。これによると、労働基準の低い国が直接投資を多く受け入れているのではなく、むしろ逆に労働基準の高い国の方がより多くの直接投資を受け入れている姿が見てとれる(第3─2─1図)。
 そのほかにも、Rodrik(1996)が労働基準と米国系製造会社による直接投資との関係を分析している。これによると、労働基準の低い国の方が直接投資受入額が少ないという結果になっており、低い労働基準が直接投資の受入れ増加を通じて不公正に雇用を創出しているという主張とは正反対の結果となっている。
 生産体制のグローバル展開を進める多国籍企業は、必ずしも労働基準の低い国を生産拠点として選択しているわけではない。仮に、多国籍企業が劣悪な労働環境によって実現される低賃金だけを立地選択の決定要因とするならば、途上国は海外直接投資を誘致することに成功するとともに、その直接投資によってもたらされる経済効果によって一層の経済成長を遂げているはずである。しかしながら、OECD(2000a)及びRodrik(1996)の結果は、この仮説とは反対に企業が海外への直接投資を実施するに当たっては賃金以外の要因も極めて重要であることを示している。例えば、運輸や通信分野におけるインフラが整備されていること、透明で安定した法制度が整備されていること等の要因が挙げられるであろう。

3)労働基準と所得水準に関する検証
 OECD(2000a)は労働基準と所得水準との関係についても、団結権の制限に関するデータを用いた各国労働基準分類に基づいて比較を行っている。これを見ると、所得水準が高い国ほど労働基準も高く、労働基準と所得水準との間には強い相関関係があることが見てとれる(第3─2─2図)。これは、労働基準が経済成長とともに向上し、経済成長にマイナス要因となり得る貿易投資制限的措置はかえって逆効果であることを示唆している。
 この点に関しては、Krueger(1997)も所得水準と児童労働のデータを用いて、同様の結論を導いている。Krueger(1997)は所得水準と児童労働の間には、負の相関があり、所得水準の向上とともに児童労働も減少するであろうとしている(第3─2─3図)。
 このようにして見ると、労働基準の向上と貿易投資拡大による経済成長は相互補完的であり、途上国の労働基準の向上は、国際的な貿易投資の制限措置によるのではなく、むしろ貿易投資の拡大を通じた途上国の経済発展によって達成されると考えられる。

第3―2―1図 労働基準と直接投資受入額
第3―2―2図 労働基準と1人当たりGNP
第3―2―3図 児童労働と1人当たりGDP

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