2010年1月5日火曜日

国際的なルール・メイキングの要請

(3) 1980年代以降の新たな動き~国境調整から国内制度調整へ

 GATT/IMF体制の下での貿易自由化が加速化する中で、1980年代以降、急速にグローバリゼーションが進展した。国内制度をめぐる問題を争点とした紛争が多発する等、各国の制度間の摩擦が生じてきた。例えば、非関税障壁の問題においても輸入割当のような国境における明示的なものから、規格、認証制度、商慣行等、国内社会の問題にまで及ぶようになり、社会制度そのものが国際摩擦の争点となる時代となった(注167)。
 こうした1980年代以降の急速なグローバリゼーションに伴う摩擦の解決は、それまでの国境における管理・調整による解決といった方法から、相互の国内社会の調整、国際秩序の実効性確保といった方法へと広がりを見せ、新たな秩序の構築が必要となってきた。

1)GATT/WTOにおける規律分野の拡大
 貿易分野における国際的ルール・メイキングの中心にあったGATTでは、1986年から開始されたウルグァイ・ラウンドにおいて、東京ラウンドに引き続いて関税・非関税障壁等の撤廃、貿易自由化を一層進展させた。一方、従来GATTの規律の対象ではなかったサービス、知的財産権にまで規律対象を拡大するという新たな方向性が示された。これにより、1995年に、GATT体制を発展、強化させる形で発足したWTO体制は、モノの貿易を規律する体制から、より広く経済分野を対象とする枠組みに生まれ変わった(注168)。さらに、2001年以降、新たにスタートすることが期待されている新ラウンドでは、アンチ・ダンピング等の既存ルールの強化のみならず、これまでWTOの対象分野となっていなかった、投資、競争、環境といった新しい分野でのルール・メイキングも交渉項目(アジェンダ)の候補として挙げられている。

2)資本市場に関する国内制度調整
 20世紀後半に進展した金融取引のグローバル化、資本市場の一体化に伴い、金融制度に関する各国の制度のハーモナイゼーションも進展した。他国の銀行で発生した信用不安であっても、一体化した国際資本市場を通じて自国の銀行にも影響を及ぼす可能性が高まっている。こうした金融サービスの安定的提供を維持する観点から銀行の健全性を確保し、また、国境を越える国際市場における競争条件をそろえるため、1988年に国際決済銀行において「国際銀行の自己資本比率に関する統一基準(BIS規制)(注169)」が採択された。伝統的に国内規制が強い金融分野について、こうした国際的なルールが導入されたのは初めてのことであり、画期的な出来事であった(注170)。
 日本においては、同年、BIS規制を日本の銀行に適用することが発表され、1998年には、このルールに基づき金融機関に対し経営の是正を指導する「早期是正措置(注171)」が導入された。8%の自己資本比率の維持が難しくなった銀行が海外から撤退する等、この国際的なルールの導入が日本の銀行経営と信用秩序に対して、多大な影響を及ぼしたことは記憶に新しい。

3)新たな問題に対する国内制度調整
 貿易自由化を中心としたグローバリゼーションの進展の中で、水際措置では解決できない新たな分野におけるルール・メイキングの必要性も高まった。第3章第3節において見たように、1980年代以降、オゾン層の破壊や地球温暖化等、国境を越えた地球規模の環境問題への国際的関心の高まりを背景として、地球規模の環境問題に対処するため、各国国内の制度を調整する国際ルールの整備が進んだ。オゾン層保護に関するウィーン条約、更に具体的義務内容を定めたモントリオール議定書、有害廃棄物の越境移動を規制し途上国の環境汚染を防ぐためのバーゼル条約、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させ持続可能な経済開発の達成を目指す気候変動枠組条約等、多国間での環境保護の枠組み条約が次々に締結された(前掲第3―3―3表)(注172)。さらに、1987年のチェルノブイリ原子力発電所の事故以降、原子力平和利用の安全性確保の重要性の認識が高まり、原子力施設の安全性向上に関する各国の取組みを奨励する条約(インセンティブ条約(注173))として、1996年に原子力安全条約が発効される等、新たに生じてきた地球規模での問題に対し、様々な形で国内制度を調整し、実効性を確保させるルール・メイキングが行われるようになった。
 このように、国際的なルール・メイキングの要請は、近年ますます相互の相手国国内社会の調整、国際秩序の実効性確保が必要とされる分野へと広がりを見せ、新たな制度・秩序の構築が必要とされてきている。これまでの国境調整措置については、輸入手続き、認証基準等、更なる透明化及び調和化を進めるためのルールが強化されている。その一方で、国境を越えて急速に変化し進展する国際問題に対応するため、枠組み条約という形式やいわゆるインセンティブ条約といった性格の様々な国際ルール・メイキングが、様々なフォーラムにおいて行われるようになってきた(第4―2―2表 )。
 このように、グローバリゼーションが急速に進展した1980年代以降、国際的ルール・メイキングは水際措置から国内措置へ、貿易分野から非貿易分野へとその対象範囲を広げつつある。こうした中で、各国既存ルールの調整のみならず、投資活動の活発化やITを活用した電子商取引の増加への対応等、新たなルール・メイキングが必要とされている分野もある。また、環境や労働者保護といった分野においても、新たなルール・メイキングが求められるようになってきた。

第4―2―2表 代表的な国際的ルール・メイキングの進展

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