2010年1月5日火曜日

閉塞状態からの脱却

(2) 日本経済低迷の要因

 1990年代における我が国経済の低迷の要因としては、1)バブル経済の崩壊に伴う逆資産効果や金融システム不安等を背景に需要が低迷し、長期間にわたり相当規模の需給ギャップが存在したこと、2)多くの産業において深刻な設備過剰に陥っており、経営資源の再配置が円滑に進んでいないこと等(注110)が指摘されている(第4―1―6図 )。しかしながら、我が国経済が直面している問題の本質の1つとしては、目まぐるしいスピードで変化している外部環境に対して我が国が迅速な対応を十分図れていないことが挙げられる。以下では、我が国を取り巻く外部環境の中でも、近年特に大きな変化を遂げた3つの点について整理を行う。

1)市場の成熟化と需要構造の変化
 経済の発展に伴い多くの製品が市場に普及した結果、今日モノ不足を背景とする旺盛な需要はIT関連商品等一部の製品に限定されてきている(第4―1―7図 )。このような需要構造の変化は、「モノを作れば売れる時代」の終焉をもたらすとともに、産業界に対して生産者の論理に根ざすビジネス・モデルから、消費者・生活者の論理に立脚したビジネス・モデルへの転換を促している。つまり、モノ余りを前提としながらも消費者の購買意欲を刺激し、顧客満足度を高めるような商品の開発・生産・販売のあり方を模索することが、企業が生き残るための条件となった。我が国においても、このような市場構造の変化に応じてビジネス・モデルを柔軟に対応させている企業が存在する一方で、依然として従来型のビジネス・モデルから脱することができない企業も多数存在している。

2)国際化及び情報化の進展に伴う競争激化
 国際化及び情報化の進展は、国内企業にとっての潜在的な競合相手を増やし、取引のスピードを高め、市場における情報の不確実性を低下させた。裏を返せば消費者は、企業の国籍にとらわれずに、価格、品質面及び購入方法の面で自らのニーズに最も適合する商品を、豊富な情報に基づいて迅速に選択することが可能となった。この結果、国境を越えた競争は更に激化し、こうした環境変化に対応したビジネス・モデルを構築し、国内外の顧客のニーズをより速く、より正確に把握し供給することのできる企業の優位性がより顕在化する仕組みが形成された。
 なお、ここで用いた「競争」という言葉は、ともすると非人道的な響きを与えがちである。しかしながら、こうした競争は、国際化や情報化、あるいは海外企業の戦略的な行動によってではなく、一義的には日々の消費者の選択によりもたらされている。より安く、より品質や機能性の高い財・サービスを求めて日々の選択を行っているのは、紛れもなく無数の消費者である。こうした消費者行動の原則を前提とした上で、自己のリスクと責任において「消費者にとって」価値あるものを提供することがビジネスの本質であろう。また、競争を通じて消費者ニーズに合致する財・サービスのみが市場で生き残るということは、消費者の立場からは歓迎されることであり、供給者の立場からも、競争を通じて自己革新を迫られるということは企業体力を強化する上で不可欠な要素である。第4―1―8図 は、我が国産業が国際競争から保護されている度合い(平均関税率)と、生産性の高さ(従業員1人当たり付加価値額)を比較したものであるが、この図からも国際競争に曝されている産業がより高い生産性を上げている傾向を示していることがわかる。

3)諸外国における構造改革の進展
 米国、イギリスを中心とする他の先進諸国においては、既に1980年代前半より競争環境の創出を目指した各種の構造改革を進展させ、企業レベルにおいても大胆なリストラクチャリングが進められた結果、経済の活力を取り戻し、1990年代には我が国よりも高い成長率を実現している(注111)。また途上国においても、経済発展や市場環境整備が進展するに伴い産業の競争力が上昇し(注112)、我が国の産業にとっての強力なライバルとなりつつある(注113)。我が国においても、1980年代後半より規制緩和等を通じた構造改革や企業によるリストラクチャリングが進展しているが、競合するこれらの諸国との比較の上では規模及びスピードの両面で不十分なものにとどまっていると言わざるを得ない。
 このように、我が国を取り巻く外部環境は近年大きな変化を遂げているが、こうした環境変化に対して迅速な対応、あるいは自己変革が図れていないという点も、今日の我が国における閉塞状況をもたらしている要因の1つと言えよう。このように我が国が自己変革に後れをとった原因は、戦後半世紀弱にわたる経済成長を遂げた結果得られた成功体験の中にも内在していると考えられる(注114)。戦後、高度経済成長を遂げた我が国は、第一次石油危機によるマイナス成長を経験したものの、むしろこれを契機とした省エネ、生産性の一層の向上等により、 1990年代のバブル経済の崩壊に至るまでの安定成長を維持することができた。一方、こうした成功体験を積み重ねるに従い、徐々にシステムや発想方法が硬直化し、自己革新能力を低下させてしまったのではないだろうか。特に、目まぐるしいスピードで外部環境が変化している今日においては、こうした変化に対応して柔軟にシステムを革新できる国や企業と、システムが硬直化してしまった国や企業とのパフォーマンスの差が一層顕著となっていると考えられる(注115)。
 我が国が自己革新能力を失いつつある中で、外部環境が劇的に変化した結果、我が国の国際競争力は1990年代を通じて大幅に低下してきている。例えば、日本経済センター(2000)が実施した「潜在競争力(注116)ランキング」によると、1980年時点で4位、1990年時点で3位であった我が国の総合ランキングは2000年時点では16位(注117)にまで低下している(第4―1―9表 )。
 しかしながら、現在我が国が体験しているような経済の低迷は、他の主要先進国も経験している。例えば米国は1980年、1982年及び1991年にマイナス成長を経験し、1982年から1983年にかけて9%台の失業率を記録した。またイギリスにおいても、1980年から1981年にかけて、及び 1991年にマイナス成長を経験し、1983年から1986年までの4年間はいずれも10%台の失業率を記録している(注118)。こうした経済の低迷に対応するため、これらの国は先に述べたような大胆な構造改革を進めた結果、外部環境の変化に適応する自己革新能力を向上させ、閉塞状態からの脱却に成功してきている。前述のとおり、我が国の場合には繁栄が長かった分だけ、現在の閉塞状態からの脱却にはより大きな困難を伴うかもしれない。しかしながら、他の先進国で成し得たように、我が国にもそれを成し遂げるだけの自己革新能力が潜在的に備わっているはずである。このような能力を開花させるためにも、我が国においても以下で述べるような市場の競争環境整備を迅速に実施していく必要がある。

第4―1―6図 産業別生産・営業用設備の過不足
第4―1―7図 主要家庭用電気機器の普及率及び国内生産台数の推移
第4―1―8図 国際競争の進展と生産性の関係
第4―1―9表 各国潜在競争力ランキング

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