2010年1月5日火曜日

アジア諸国の環境問題の特徴

(2) 途上国の課題

 途上国の環境問題には様々な側面がある。例えば、アジア諸国のように急激な工業化・都市化を経験しつつある地域にあっては、産業公害・都市型公害・地球環境問題といった環境問題に同時に対処することが求められている。一方、低所得国においては、貧困から脱却するために目先の利益追求を目的とした環境破壊が進み、その結果、さらに貧困化が進む、という悪循環が見られる。このような状況下で、環境対策が効果を上げるためには、環境法の遵守とともに、環境負荷の低減と収益性とを両立できるような基盤整備(Win-Winアプローチ)を行うことが重要である。

1)様々なタイプの環境問題が噴出
 途上国、中でもアジア諸国の環境問題の特徴は、急激な工業化の進展による産業公害、都市部への人口集中とモータリゼーションによる都市型公害、及び地球環境問題が同時に発生していることである。中国、インド、ASEAN4について、1980年と1998年の産業構造(付加価値額の対GDP構成比)を比較すると、農業部門から工業・サービス部門への転換が進んでいることがわかる(第3―3―15図 )。同時期の都市部人口、自動車保有台数についても、それぞれの指標が急激に伸びている(第3―3―16図 、第3―3―17図 )。一方、こうした工業化や都市化の進展は、大気・水質汚染の深刻化、廃棄物問題、さらにはエネルギー消費やCO2排出量の増大をももたらしている(第3―3―18図 )。
 日本を始めとする先進国では、これらの環境問題がそれぞれ異なった時点で発生したことから、その都度対策を講じることができた。しかし、途上国では様々な環境問題に同時に対処しなければならない上に、そのための人員や資金的な余裕も限られた状況にある。

2)貧しさが環境破壊につながる
 他方、低所得国にあっては、貧困と環境破壊の悪循環が指摘されている。農村部では人口増加に所得の伸びが追いつかず、貧困化が進むとともに、森林の農地転用(注85)、過放牧、焼き畑、違法伐採等により、森林減少、土壌流出、生態系破壊が生じている。農村部で生活できなくなった人々は都市部へ流入し、その一部は貧困層となってスラムを形成する。人口が増加した都市部では大気汚染や水質汚濁の深刻化、宅地造成のための周辺開発が進む。一方、農村部では、開拓した農地の生産性低下を補うために、ますます焼き畑や森林の農地化が行われ、森林消失につながっていく。
 こうした国においては、一律に環境保全の大切さを説くだけでは、成果を上げることは難しい。前節において、貧困問題解決に向けての課題について指摘したように、資本と人材の蓄積、技術開発の促進のための社会的・経済的な基盤を整備することを通じて、貧困と環境破壊の悪循環を断ち切る、もしくはこれを緩和することが必要である。

3)急がれる環境法の実効性確保
 アジア諸国の環境関連法規の整備状況を見ると、1980年代後半から法制整備が急速に進んでいる(第3―3―19表 )。環境保護政策の基本理念を定めた法律や、大気・水質等の排出規制、廃棄物や有害物質に関するものはほぼ制定されているほか、環境影響評価制度に関しては日本より早い時期に法制化した国もある。国家レベルの環境行政組織も設置されている。こうした整備がなされた背景には、1)国内の公害・環境問題の深刻化、2)地球環境問題に対する意識の高まり、3)環境リスク管理の重要性に対する認識の高まり等が挙げられる。
 しかし、法制度は整備されたものの、その実効性の欠如が依然として課題となっている。この原因としては、1)新法を作ってもその施行令の制定が遅れている、もしくは制定されない、2)政治家・行政担当者の意識が低い、3)モニタリング機器が不足している、又はメンテナンスが十分に行われていない、といったことが指摘されている(注86)。また、先進国に比べて環境施策を実施するための予算や人員も不足している。第3―3―20表 は、アジア諸国(中国、インド、インドネシア、マレイシア、タイ、ヴィエトナム)と日本及び米国の環境関連予算を比較したものである。中央政府から地方政府に環境政策の立案・実施がどの程度分権されているかが国によって異なるため、単純には比較できないが、一般に1人当たりGNP(PPP値)が高くなるほど、1人当たりの環境関連予算額も大きくなる傾向が見られる。

4)環境投資を根付かせるための基盤整備
 途上国で環境投資を根付かせるためには、法律の実効性の確保を図るだけでは不十分である。日本では1970年代に公害防止及び省エネルギーのための投資と併せて生産性の向上を図ったことが、その後の発展に貢献した。こうした経験にかんがみても、環境投資が自律的なものとして根付いていくためには、汚染負荷の削減と経済性(企業収益の向上)の両立、すなわち適正な環境技術の導入と市場メカニズムの活用という視点が重要である。

(各国の実情に合った環境技術の導入)
 途上国においても、最近では、環境装置・技術の導入に係る資金的・技術的支援措置が講じられるようになってきている。しかし、経営者と現場担当者の環境問題に対する意識の乖離、罰金等の水準の低さ、施策と地場中小企業の資金力・技術力との不適合等により、必ずしも十分な効果は上がっていない(注87)。
 旧式の生産設備を、省資源・省エネルギー型、あるいはより汚染物質の排出量が少ない環境調和型の技術(注88)を有する設備に更新させていくには、設備投資によって節減される費用が設備投資額を上回ることが必要である。企業にこのような投資インセンティブを与える施策としては、低利融資、エネルギー価格の見直し等が挙げられる。また、装置の運転やメンテナンスを行う人材及び交換用の部品を製造する産業の育成、環境装置から生じる副生成物(例えば、脱硫装置から生じる石膏、廃熱)を利用する経済的インセンティブの付与といった基盤整備も重要である。さらに、導入技術を円滑に普及させるには、技術移転を行う側(先進国政府・企業)がそれぞれの途上国の実情に合った技術・装置を提供することが不可欠である。

(市場メカニズムの活用)
 先進国においては、環境政策の手法は、直接規制から産業界の自主的取組みや市場メカニズムの活用等を組み合せたものへと変化しつつある。アジア諸国でも少しずつではあるが、このような動きが見られるようになってきている。例えば、省エネルギーの分野では、韓国、台湾、タイ等でESCO(Energy Service Company)事業の導入が進んでいる。ESCO事業とは、米国を起源とするエネルギー効率改善に必要な技術・設備・人材・資金等を包括的に提供する事業で、省エネルギーによる経費節減分でエネルギー効率改善に要した投資や事業経費等を賄うのが特徴である。いち早く1992年からESCO事業を制度化した韓国では、2000年には事業者数は88社(11月4日時点)に、投資規模は5,800万ドル(9月末時点)へと順調に拡大している(注89)。
 このようなESCO事業の展開を促進させていくためには、途上国における燃料補助金等、省エネルギー意欲を減殺させるような制度の見直しを行うことが必要となる。アジアや他の途上国では、過疎地域や貧困層に対して安価なエネルギーを提供する必要性から、長らくエネルギー価格が低く抑えられてきた。しかしながら、石油製品や天然ガス等に対する補助金やコストを度外視した電力料金の設定は、価格体系を歪め、過剰な消費を招くおそれがある。段階的に補助金を引き下げ、エネルギー消費に対するコスト意識を喚起する一方で、貧困層等に対する所得補助等、他の支援手段への切換えについても検討が必要となろう。
 世界銀行が、ロシアと19の途上国について、1990-91年と1995-96年の化石燃料関連補助金を比較した調査(注90)によれば、1990年代に入ってこれらの国々の補助金率、補助金総額は、ともに大きく減少している(第3―3―21表 )。このうち中国、インド、インドネシアでは、1995-96年の補助金総額は1990-91年に比べて約3~6割削減されている。このように、アジア諸国においても燃料補助金は減少する傾向にあるが、他方、インドネシアにおけるガソリン(レギュラー)の公定価格(1,150ルピア:約15円)(注91)のように、依然として国際価格に比べて格段に安価なレベルとなっている事例もある。1997年に発生したアジア通貨危機の際に、IMFは財政健全化の観点(注92)から、インドネシア政府に対して燃料補助金制度の撤廃を勧告し、同年10月に合意した金融支援プログラムでは補助金廃止を視野に入れた石油製品と電力の公定価格の見直しが盛り込まれた(注93)。その後、数度にわたってプログラムの再合意がなされているが、2000年9月の「経済・金融政策覚書」では、1)燃料補助金の減額・見直しを行うこと、 2)燃料補助金の廃止・商業的に存続可能なレベルへの電力料金の引上げを目的とした中期計画を準備したことを表明している(注94)。市場メカニズムを活用した環境投資を定着させるためにも、このような制度の見直しが急がれる。

第3―3―15図 アジア諸国の付加価値額構成比
第3―3―16図 アジア諸国の都市部人口
第3―3―17図 アジア諸国の自動車保有台数
第3―3―18図 アジア諸国のCO2排出量
第3―3―19表 アジア諸国の主な環境関連法規の整備状況
第3―3―20表 アジア諸国の環境関連予算
第3―3―21表 途上国の化石燃料関連補助金

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