2010年1月5日火曜日

外国企業が対日直接投資を行う際の障害

(3) 対日直接投資水準を向上させる上での課題

 我が国が今後海外の資本及び先進的な技術やノウハウを引き付け、かつ有効活用していくためには、どの様な環境整備が必要なのであろうか。外国企業が対日直接投資を行う際の障害としては、例えば「各種インフラ・コストの高さ」のほか、「株式の持ち合い構造」、「メインバンク制の影響」、「外国企業に対して自社を売却することに対する心理的抵抗感」、「言語の問題」、「M&A関連法制や実務に明るい弁護士・専門家の不足」等が指摘されてきた(注130)。このうち、「株式の持ち合い構造」については、近年資産効率の見直しを行い本業に不要な持合株式の売却を進める企業が増加したことから、1990年当初の59.1%から45.9%(1999年)まで低下しており、同期間に外国人による持ち株比率も着実に増加している(第4―1―16図 )。
 以下では、対日直接投資を促進する上での課題の中から、特に1)会計監査の厳格化を通じた企業情報の信頼性向上、2)事業再編を行うための多様な選択肢の提供、3)外国人の取締役・株主が柔軟に経営参加するための環境整備、という3点に焦点を絞り、現状の取組みと今後の課題について考察する。

1)会計監査の厳格化を通じた企業情報の信頼性向上
 合併・買収・資本提携等の交渉を円滑に進めるためには、相手企業の経営状況に関して信頼性の高い情報を迅速に収集することが不可欠である。特に国境を越えた合併・買収の場合、会計報告書は投資対象としての価値を分析し意思決定を行う上で重要な材料の1つとされている。しかしながら、一国の会計基準が国際的な基準から著しく乖離している場合、あるいは会計報告書の信頼性自体が十分でないと投資家が判断する場合、合併企業が追加的な時間とコストをかけて正確な情報を独自に入手・分析し直す手間が生じる。日本貿易振興会が在日外資系企業に対して実施したアンケートによると、「対日投資環境を改善するために有効な政策」として最も多くの企業が期待している分野は、「国際的な会計基準に沿った企業情報開示の義務づけ」であった。当アンケート結果からも、企業の財務状況や事業活動を正しく・迅速に把握できる信頼性の高い会計制度に対するニーズが高いことがうかがえよう(第4―1―17図 )。
 このような中、我が国においては、透明性を高めるとの観点から、2000年3月における連結財務諸表原則の改定、連結キャッシュ・フロー計算書の導入を皮切りに、2001年3月の売買目的等の有価証券、デリバティブ等の時価会計導入等、国際的な会計基準との整合性を考慮した会計基準等の整備が行われている(注131)。近年のこのような取組みは、株式持ち合いの減少、企業再編の加速、対日投資促進に寄与するものとして諸外国からも一定の評価を受けているが(注132)、同時に今後解決していくべきいくつかの課題も残されている。
 例えば企業会計システム全体の透明性・信頼性を高めるには、会計基準の改善のみならず、決められた監査基準に従って会計が正しく監査され、報告されることが重要である。このような中、公認会計士監査の一層の充実強化及び信頼性の向上の観点から、会計士監査の規範となる監査基準や会計士監査に係る制度等について、公認会計士審査会等の関係審議会において審議を進めてきているところである(注133)。

2)事業再編を円滑化する制度の見直し
 M&Aを中心とする対日直接投資を促進させるためには、グローバルな観点から会社法制を見直し、国際的に展開する外国企業が我が国においても最適な事業形態を採ることができるよう、多様な選択肢を設けることが不可欠である。近年我が国では、業界別の各種規制緩和の実施と並行して、株式交換制度・株式移転制度の創設(1999年10月施行)、民事再生法の制定(2000年4月施行)、会社分割法制の創設(2001年4月施行)等、M&Aを含む事業再編円滑化のための各種法整備が急ピッチで進められている(注134)。
 しかしながら、外国企業による柔軟な直接投資を促進するにあたり、更に検討を深めるべきいくつかの制度的課題が残されている。例えば我が国の商法においては合併の対価が原則として存続会社の株式に限定されており(注135)、米国において盛んに活用されているキャッシュアウト・マージャー(現金による合併)が認められていないこと(注136)等もM&Aを阻害する要因として指摘がなされている。

3)外国人の取締役・株主が柔軟に経営参加するための環境整備
 外国企業による資本参加の増加に伴い、今後は多くの外国人が取締役会へ参加すると考えられる。しかしながら現行の我が国商法においては、取締役会の決議には実際の会議の開催及び取締役の会議への出席が必要である旨が規定されており、書面による議決権行使は認められていない(注137)。米国においては既にこのような書面決議が認められており(注138)、我が国においても海外在住の取締役による取締役会への効率的な参加を促すための1つの手段として導入すべきであると指摘されているところである(注139)。
 また海外の機関投資家による議決権行使を容易にする手段の1つとして、電子的手段を通じた株主総会の議決権行使、及び議決権行使代理権授与(委任状の交付)のあり方についても現在検討がなされている(注140)。電子的手段による議決権の行使については米国において既に実務で定着しており、電子的手段による議決権行使代理権授与についてはイギリス、ドイツにおいて導入に向けた検討がなされている(注141)。このような株主による円滑な株主総会参加と議決権行使は、株主主体のコーポレート・ガバナンスを実現していく上で不可欠な要素であるとして、「OECDコーポレート・ガバナンス原則」の中においてもその重要性が指摘されている(注142)。
 以上、対内直接投資を促進するための政策的課題及びその検討状況について整理を行った。このほかにも、2000年12月の「経済構造の変革と創造のための行動計画」(閣議決定)(注143)を踏まえ、2001年3月には我が国の法令解釈を明確化することを目的とした「行政機関による法令適用事前確認手続の導入について」が閣議決定されたところである。同手続は、民間企業等が実現しようとする自己の具体的行為に関して、その行為が特定の法令の規定に抵触するかどうかを、あらかじめ当該規定を所管する行政機関に確認し、その機関が文書により回答するとともに、一定期間後その回答を公表するものである。このように法制度の透明性の向上を図ることは、海外投資家にとっての不確実性を低下させる上でも重要であり、直接投資促進の観点からも有効であろう。
 このような一連の制度改革に伴い対日直接投資が促進された場合、競争環境の創出により国内における構造改革が進展し、構造改革の進展が更に対内直接投資を加速させるという正のフィードバック効果も期待される(注144)。

第4―1―16図 株式持ち合い比率及び外国人保有株式比率の推移
第4―1―17図 今後の対日投資環境改善に有効な政策

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