第2節 グローバリゼーションの影と政策課題
要 旨
1.労働に関する問題
途上国における強制労働や児童労働等が、先進国等の雇用を奪っているとの主張がある。このような主張は、1)輸出国である途上国の労働者の権利擁護といった人権擁護の立場、2)輸入国である先進国の産業・雇用保護のための保護貿易主義的な立場に大別される。
途上国が労働環境を悪化させているのは、海外からの直接投資を誘致するために途上国の不公正に低い労働基準が低賃金労働を容認しているからであり、こうした政策は先進国の雇用を奪うとの指摘がある。実際には、労働基準の低い国が直接投資を多く受け入れているのではなく、むしろ逆に労働基準が高い国の方がより多くの直接投資を受け入れている。また、所得水準が高い国ほど労働基準も高く、労働基準と所得水準との間には強い相関関係がある。途上国の労働環境の改善を図るためには、労働基準の向上と貿易投資等による経済成長が相互補完的であることを踏まえ、貿易投資の拡大を通じた経済成長を図ることが必要である。
2.南北格差の問題
グローバリゼーションの進展とともに戦後の世界経済は大きく成長したが、多くのアフリカ諸国等に見られるように必ずしもすべての国々がその成長の利益を享受しているわけではなく、むしろ先進国と途上国の所得格差は拡大している。経済成長の格差と貿易投資の関係を見ると、第1章でも指摘したとおり、東アジア諸国は貿易の拡大とともに発展したのに対し、アフリカ諸国では貿易・経済成長の両面で停滞が続いている。貧困対策のためには、資本の蓄積、人材の育成、技術開発、ハード・ソフト面におけるインフラ整備を行っていくことが重要である。貿易投資についても、これを活性化させるような政策を講じていくことが途上国の経済成長にとって重要である。
3.森林減少に関する問題
現在、世界全体で日本の国土面積の約3分の1に相当する森林が毎年失われている。開発途上地域を中心に依然として続いている森林の減少・劣化は、森林が分布する国や地域での問題のみならず、生物多様性の減少、世界的な気候変動、砂漠化の進行等の世界的な問題を引き起こす場合も考えられ、国際的な懸念が高まっている。懸念を表明するNGOの中には、このような世界的な森林の減少の大きな要因として、国際貿易を指摘するものも見られる。しかしながら、林産物の生産量のうち、貿易の対象となっているものは約1割強であり、国際貿易だけが大きな要因であるとは必ずしも言えない。森林減少問題は人口の急増や貧困、焼き畑といった農業用地開発等の経済活動の活発化等、様々な社会経済的な状況が絡んだ複合的な問題である。森林の減少問題の解決のためには、貿易政策や森林政策、農業政策等を含め、森林減少の背景にある様々な要因に対する包括的な対応が求められている。また、このような地球規模の問題に対しては、国際的な取組みに積極的に対応していくことが必要である。
4.食品安全に関する問題
食品安全基準をめぐっては、貿易の円滑化を推進するための国際的なハーモナイゼーションの必要性が高まる一方で、バイオテクノロジーの発展とともに遺伝子組換え食品等の安全性の問題が指摘される中、各国が権利として確保する国民の衛生状態向上という重要な政策課題も存在し、2つの政策目標を両立する上で困難が生ずる場合がある。グローバリゼーションの進展に伴い、国境を越えた企業活動の障壁を低減・撤廃する要請が働く一方で、この要請と各国の主権下にある国内的規範や社会経済制度の間に調整が求められることがある。国内制度の調和に係る国際規律と各国主権との調和は、今後更にグローバリゼーションが進展する時代にあってますます重要性を増す課題である。
5.グローバリゼーションに対する懸念の背景とセーフティネットの整備
グローバリゼーションに対する懸念の主張内容は多種多様であるが、その中には必ずしも貿易投資の拡大と直接関係がないものも含まれている。貿易投資の拡大の結果として生じる問題は、1)自国の雇用機会が他国の雇用に奪われているとする雇用の問題と、2)企業の国際的な活動に伴う各国の社会経済制度の調整をめぐる各国の「公正」性の衝突の問題とに大別される。
このような問題が生まれる背景には、グローバリゼーションによって生み出される経済発展の果実が必ずしもすべての個々人または国々に平等に均てんされていないという事実がある。世界経済の持続可能な発展のためには、グローバリゼーションによって格差や緊張といったひずみが極力生じないような制度設計に努めていかなければならない。そして、グローバリゼーションによってひずみが生じてしまった場合には、これに対するセーフティネットを整備することによって、急激な社会経済の変化に対する不安を取り除くことが必要である。グローバリゼーションを全面的に避けるのではなく、グローバリゼーションによって生み出されるひずみに対し適切に対応しながら、その活力を経済の発展につなげていくことが重要である。
国内の労働環境の変化に対するセーフティネットとしては、構造的な失業に悩むEU諸国を中心に積極的労働政策が注目されている。従来の労働政策が失業手当の給付といった事後的な消極的労働政策中心であったのに対して、積極的労働政策は労働需給のマッチングを促進すると同時に失業者の能力開発に重点を置き、円滑な労働移動を実現することを目的とする。
国際的なセーフティネットとしては、食料援助等のいわば事後的な支援に加えて、途上国がグローバリゼーションの進展する世界経済に対応できるような社会経済体制の構築を支援していくことが重要である。世界最大の経済開発支援機関である世界銀行は、近年、市民社会とのパートナーシップ等を通じて、支援の実効性を高めることに努めている。
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