(3) 電子商取引
1960年代に米国で軍事目的で開発されたインターネットは、1980年代末から商用利用が始まり、現在、企業同士や企業と消費者がネットを介して、ときには国境を越えて直接結びつく電子商取引が急激に拡大しつつある。我が国でも、先行する米国には遅れをとってはいるものの、2000年のBtoB市場が約22兆円、BtoC市場が8,240億円と推計され、今後飛躍的に伸びていくことが予想されている(第4―2―6図 )。こうしたインターネットの発達とともに、電子商取引をめぐる国際的なルール・メイキングのあり方が、現在国際的な議論の的となっている。
1)国境を越える電子商取引の拡大
情報通信技術と電子商取引の急激な発展により、国境を越えたサイバー空間が生み出されつつある。ネット上では家庭にいながらクリックひとつで海外との取引が可能であり、国境を超えた取引をより身近なものとしたのである。電子商取引で先行する代表的なネット企業の場合、1997年の段階で既に総取引額の 20~30%程度が海外との取引となっている(第4―2―7表 )。
電子商取引による国境を越えた取引の拡大は、企業や消費者に今までになかった新しい可能性を切り拓くものであるが、しかしながら一方で、法制度や取引慣行等の面で従来は想定されなかった様々な問題を生じさせている。具体的には、商取引のルール、電子署名、プライバシー保護、知的財産権の保護、契約法、関税の扱い、消費者保護、有害コンテンツの規制等の問題である。これらの問題については、様々なフォーラムにおいてルール・メイキングが模索されている。以下、代表的なものとして、契約法、電子送信への関税賦課、個人情報保護、消費者保護の問題について概観する。
2)電子商取引をめぐるルール・メイキング状況
(契約法)
電子的手段を用いた取引においては、従来の契約法が想定していなかった局面が予想される。そのため、契約の過程において、電子的手段を用いることにより生じる問題について規定した電子商取引モデル法が、1996年、国連国際取引法委員会(UNCITRAL:United Nations Commission on International Trade Law)において採択された。同モデル法には、1)電子的な情報は書面に記載されている情報と同様の効力を持つこと、2)電子署名に署名・捺印等と同様の効力を認めること等が規定され、各国のルール策定の際のモデルとなることが期待されている。
(電子送信への関税賦課)
1998年5月、WTO閣僚会議において、電子送信については、技術上の困難性に加え、電子商取引の発展の観点から、1999年末に開かれる閣僚会議まで、関税を賦課しないというモラトリアムの合意がなされた。その後、1999年のWTOシアトル閣僚会議が決裂したため、現在関税の扱いについては新しい合意が得られないままモラトリアムが続いている。昨年の九州・沖縄サミットで合意された「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章」においても、「次回の WTO閣僚会議における見直しを条件として、電子送信に関税を賦課しないという慣行を継続する」とされている。
(個人情報保護)
次に、消費者がネット上で行う購買活動は、事業者に個人情報の蓄積をもたらすことになるため、個人情報の保護のあり方についても関心が高まりつつある。国際的なルール・メイキングに関連して、この問題について一石を投じたのは、1998年10月に発効した個人情報保護に関するEU指令(注189)である。同指令は、十分なレベルの個人情報保護を行っていないEU域外の第三国に対して、EU域内の個人情報の移転を禁ずることを定めたもので、これにより域外の事業者がEU市場から締め出される懸念が生まれた。
これに対して米国では、法規制の導入による個人情報保護を提案するEUとは異なり、民間による自主規制を尊重する立場をとっており、法規制のあり方についても個別法によるセグメント方式を採用している。このため、米国政府はEUに働きかけ、1999年4月に個人情報の取り扱いについての保護基準を導入することで合意し、その具体的指針となるセーフハーバー協定を結んだ(注190)。
我が国では、1988年に行政機関個人情報保護法(「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」)が制定されている。しかし、これは国の行政機関の保有する個人データに関する法律であり、民間部門については個別法のみしか存在しないことから、現在政府では、高度情報通信社会推進本部の下で個人情報の保護に関する基本法の法制化に向けた準備作業を進めている(注191)。
(消費者保護)
消費者保護のあり方については、OECDにおいて検討作業が進められ、1999年12月に「電子商取引における消費者保護ガイドライン」としてまとめられている。同ガイドラインは、1)透明かつ効果的な消費者保護、2)公正な事業、広告及びマーケティング慣行、3)オンライン情報開示、4)確認プロセス、5)支払い、6)紛争処理と救済、7)個人情報保護、8)消費者への情報提供等の各側面について一般的な指針を示している。ただし、ガイドライン自体には法的拘束力があるわけではなく、民間の自主的ルールを尊重する米国と、一定の規制導入についても検討しているEUとの間に意見の開きが残されている。今後の各国の議論の行方が注目される。
3)多様なフォーラムにおける検討
こうした電子商取引のルール・メイキングをめぐる国際的な議論については、WTO及びOECD等の国際機関をはじめ、二国間協議、さらには電子商取引の発展を促すため世界の民間企業のフォーラムである「電子商取引に関するグローバル・ビジネス・ダイアログ」(GBDe:Global Business Dialogue on Electronic Commerce)(注192)等、民間団体においても活発な議論が交わされている。また、これらの国際的な協議の場において、我が国が積極的にルールの形成に貢献していく視点が重要である。この観点から、我が国は、2000年10月、WTO電子商取引に関する提案を発表した(注193)。本提案では、企業と消費者双方の利益の確保、自由化とルール整備、先進国と途上国のバランス確保を念頭に置きつつ、電子商取引を取り巻く環境において今後検討が必要な論点が提示されており、電子商取引のルール整備に関する議論を喚起する役割を果たしている。
第4―2―6図 電子商取引市場規模の推移予測
第4―2―7表 代表的なネット企業の国際取引状況(1997年)
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