(3) ルール・メイキングの迅速化と求められる民間のイニシアティブ
グローバリゼーションの急速な進展の中で国境の意味が薄れ、企業が国を選ぶようになった今日、企業を引き付ける魅力ある事業環境の制度設計をめぐり競争が行われている。外資への規制を始めとする規制、企業法制、競争法制、標準といった、企業活動に直接関係する分野のルール・メイキングが対外経済政策を遂行していく上で重要な課題となっている。民間企業からも、今後の経済交渉における政府の役割として企業のグローバルな展開を支援するルール・メイキングを求める声が高まっている(第4―2―13図 )。
また、その一方で、企業や民間団体が望ましい制度のあり方を政府に提案したり、あるいは自ら進んで民間ベースのルール・メイキングを行う取組みも活発化している。今後とも我が国経済が魅力ある市場として発展していくための制度設計を迅速に行い、国際的なルール・メイキングにも積極的に貢献していくためには、民間部門の持つ専門性や能力を尊重しつつ、「市場との対話」を重視したルール・メイキングを行っていく視点が欠かせない。
1)民間ベースで進む会計基準の国際的調和化
国境を越えた資金調達・投資活動の拡大や、直接金融の進展に伴う投資家保護の要請を背景として、会計基準の国際的調和化が強く求められるようになった。資本市場の主役は企業と投資家であるが、会計基準が統一されていなければ、企業は会計基準ごとに財務諸表を作成するコストを免れない。また、投資家にとっては企業にリスクマネーを提供する際に複数の基準から比較・判断しなければならない。
このような情勢を背景に、民間団体である国際会計基準委員会(IASC:International Accounting Standards Committee)を舞台に国際会計基準作成の作業が進められている。1973年に発足したIASCは、資本市場の国際化が進んだ1980年代後半以降、支持を急速に拡大させていった。特に1987年にスタートした「財務諸表の比較可能性」プロジェクトは、それまで容認してきた会計処理方法の多様性を制限し、財務諸表作成に使用する会計基準の統一化を目指すもので、IASCの大きな変化を意味した。また、同年、各国の監督当局の集まりである証券監督者国際機構(IOSCO:International Organization of Securities Commissions)がIASCの諮問グループに加わったことは、IASCの活動を強力に後押しすることになった。
さらに1995年、IOSCOは、IASCが「コア・スタンダード」(国際的な資金調達を行う企業が使用する包括的な会計基準)を完成させれば、すべてのグローバルな証券市場における国境を越えた資金調達及び上場に対して国際会計基準を用いることを支持すると表明し、2000年5月、この支持を承認した。2000年に入り、欧州委員会やバーゼル銀行監督委員会が相次いで国際会計基準への支持を明確にしたことにより、その影響力は今後、更に高まるものと予想される。また、IASCは現在、市場ニーズに迅速に応えつつ、より一層質の高い、統一された会計基準を作成できる体制を整えるため、理事会メンバー 14名のうち12名を常勤とし、各国の国内会計基準設定機関との連携を強める等の組織改革も進めている(注203)。
こうした会計基準の国際化に合わせるように、基準設定機能の向上を図る動きが各国に生まれている。従来、国際会計基準設定の動きをリードしてきた米国、イギリス、カナダ、オーストラリア等のアングロサクソン諸国の会計基準設定主体は、いずれも政府から独立し、専門性をもつ常勤のスタッフを備えた民間団体であり、市場の変化に柔軟に対応してきた。このうち、カナダやオーストラリアでは、基準設定主体の議長に常勤者をあてるという組織改革を最近行っており、更に国内の体制を強化している(注204)。これに対してドイツやフランスでは、これまで政府機関の下に非常設型の設定機関を置いていたが、ドイツでは国際会計基準をめぐる急速な事態の変化を受け、民間の常設機関を新たに設置した(注205)(第4―2―14表 )。
我が国では、近年、証券流通市場における外国人投資家の比率が急速に高まっている(第4―2―15図 )。このような状況を受け、1996年11月の橋本総理大臣(当時)が提唱した「金融ビッグバン」による経済の基礎的インフラ整備の一環として、より透明性が高く、国際的に信頼される会計基準の整備が進められてきた(第4―2―16表 )。この結果、我が国の会計基準は欧米と比較しても遜色のないものとなっているが、現在、固定資産会計、企業結合会計のあり方等について、議論が行われている。
既に第4章第1節で指摘したとおり、我が国が海外からの投資を受け入れ、構造改革を進めていくためには、透明かつ国際的にも通用する会計基準の整備が不可欠である。そうした会計制度の改革を進めていく上では、国内外の市場の変化に機敏に対応していくことが必要であり、会計に関する実務上の問題点をいち早く把握し、実態に即した解決を図っていくことが重要である。
市場実態の変化とともに会計基準が変化を求められた例としては、時価会計の拡大を挙げることができる。1980年代以降、情報通信技術や金融工学の発達を背景に、資金取引額の増大やデリバティブといった金融商品の開発による市場の高度化が進み、これが投資家の時価情報ニーズを高めたのである。会計基準は技術革新や企業組織の変化に即応しながら、事業の実態を正確に表すための手法を絶え間なく開発していくことが求められる。
こうした市場ニーズに柔軟に対応していくためには、現実のビジネスがどの様に変化しているかを把握できる者にルール・メイキングを委ねることが適切である。また、透明にして明確なルールを作るためには、特定の利害関係者の影響から離れた独立した機関であることが望ましい。そのため、常設の民間団体を新たに設け、この団体が会計基準の設定において主体的な役割を担うための検討が、我が国でも行なわれている(注206)。今後、IASCの大幅な組織改革が進み、ますます国際会計基準の影響が高まっていくことが予想される。こうした中で、会計実務者等の意見を尊重しつつ会計基準設定機能を高め、国際的な議論の場に積極的に意見を発信していくことが重要である(注207)。
2)ISO、IECを中心とした国際標準化活動
製品の品質、性能、安全性、寸法、試験方法等に関する取決めを標準(注208)といい、そのうち国際的なものを国際標準という。国際標準には、公的な標準化機関において作成されるデジュール標準と、市場における企業間の競争によって決まるデファクト標準があり、このうち前者については民間団体であるISOや
IEC等を中心に標準の設定作業が行われている。
WTOの下で成立したTBT協定が、原則として国際規格を国内規格策定の基礎として用いることを求めていることもあり、近年国際標準化活動の重要性はますます高まっている。しかしながら、これまでの我が国企業の国際標準化活動をみると、一部の例外を除いて概して消極的であった。例えば、第4―2―17図 は、ISOの委員会で規格策定の際に重要な役割を果たす幹事国業務の引受数を示すものである。我が国の業務引受数は、ここ数年増加しているものの依然他の先進諸国に比べて少ないのが現状である。
また、ISOの国際規格審議に参加しても、我が国関係者は国際規格の審議をリードすることは少なく、我が国提案の規格案も少ない水準にとどまっている。例えば、品質管理システムに関する国際規格ISO9000シリーズが1987年に初めて策定された際のように、ルール・メイキングの段階で我が国企業の意向が十分に反映されなかった結果、規格に対する適応のためのコストを強いられたケースも生まれている(注209)。
我が国の標準化活動の中心は政府が制定する日本工業規格(JIS)制度であるが、民間標準化活動への関与は必ずしも積極的ではなかった。しかし、現在では民間による国際標準化活動を促すため、企業活動の一環である国際標準化活動の中心は産業界が担い、政府は民間が標準化活動を進める基盤の整備を行うという役割分担を進めている(注210)。例えば、我が国におけるこれまでの標準化は、工業標準化法第11条による国主導の工業標準原案(JIS原案)の作成が主であったが、民間からの積極的な関与をより一層促すため、1997年に民間団体等からのJIS
原案の提案制度(同第12条)を簡素化する法改正を行った(注211)。
一方、米国や欧州は「戦略的標準化」政策を打ち出し、自国の規格を国際規格とすることによる市場拡大を図るため、ISO/IECに積極的に関与する姿勢を見せている。これらの国では、民間団体を中心に標準策定が行われるケースも多く(第4―2―18表 )(注212)、ISOやIECにおける委員会についても幹事業務を個別企業が引き受ける等、民間部門の標準化活動が活発であり、政府がそれを側面から支援する体制を築いている(注213)。欧米の積極的な国際標準化活動の背景には、民間の標準化活動に関する重要性の認識と積極的な参画の伝統があり、我が国でも民間のイニシアティブによるルール・メイキングを促す基盤作りが重要である。
また、政府が取り組まなければならない課題も重要性を増している。例えば、安全規格や環境に配慮した規格等、市場メカニズムを通じては必ずしも円滑な整備が進み難い公共財的性格を持った規格の作成が挙げられる。このほか、政府の役割として消費者保護、我が国からの積極的な国際規格提案を拡大するための研究開発、産業界への情報提供、人材育成等が挙げられる。
さらに、ISO/IECにおける国際規格策定は一国一票の多数決方式で決定されることから、必ずしも優れた技術が国際規格になるとは限らない。我が国の優れた技術の国際標準化を進める上では、国際的な提携を進めていく視点が重要である。特に、我が国としては、標準化への取組みが遅れているアジア太平洋諸国との協力関係の構築に力を入れており、人材育成事業や、規格の共同開発事業を行っている。こうしたアジア太平洋諸国との連携を通じながら、戦略的な取組みの展開を行っているところである。
2001年2月、日本工業標準調査会は、我が国内外における標準化活動のより積極的な展開を図るための指針として、標準化ニーズ及びその優先順位、さらには官民の役割分担を明確に示す「分野別の標準化・国際標準化戦略」の作成に着手した。
3)電子商取引のルール・メイキングをめぐる官民の役割
電子商取引についても、迅速なルール・メイキングが求められている。今後、電子商取引市場が健全な発展を遂げていくためには、誰もが安心して取引に参加できる透明な市場ルールの整備が必要である。
法整備について我が国では、第2章第1節で触れたように、2001年1月にIT基本法が施行されたほか、電子署名法(電子署名及び認証業務に関する法律)を成立させる等、経済のIT化に向けた取組みを本格的に始動させている。経済産業省でも産業構造審議会の下に設けられた情報経済部会、及び消費経済部会において新たな制度基盤の確立に向けた議論が重ねられているところである。
一方で電子商取引は技術革新の速い分野であるから、事前に規制を加えることは民間部門の自由な活動領域を狭めてしまうおそれがある。民間からの生産的なイニシアティブを妨げるような政府の規制的介入は極力避けるべきで、民間の活力を損なわないよう十分な配慮が必要である。
例えば電子署名法制定の際には、変化の激しいITの分野で特定の技術のみに法的効果を認めることは、技術の進歩の阻害要因となるのではないかという懸念があったことから、技術的な中立性に配慮した立法が行われた。具体的には、現在使われている電子署名は、公開鍵方式による電子署名が大半であるが、新たな暗号技術、電子署名技術の発展の利用可能性を考え、法律上、電子署名を一定の技術、方式に限定しないアプローチをとっている(注214)。また、同法は、ユーザーによる自由な認証サービスの選択を可能とする観点から、民間団体による認証業務も可能としている(注215)。
民間団体がイニシアティブをとり、自主ルールを作成している例も存在する。例えば、消費者が安心してインターネット通販を利用できるよう、消費者保護策に関し適切な取組みを行っている企業にオンライン上のマークを与えるオンライン・トラスト・マークについては、日本通信販売協会と日本商工会議所が 2000年6月より運営を開始している。このトラスト・マーク制度については、米国のBBB(ベター・ビジネス・ビューロー)、イギリスのトラストUK 等、海外でも同様のシステムが存在することから、現在国際的な連携と協力のあり方についても検討課題に上っている。
具体的には、各国の二国間ベースで進められている連携の動きに加えて、GBDe(コラム10参照)でも統一されたトラスト・マークの策定について検討されている。ただし、運営の方法・手順等については今後の課題となっており、議論が深められていくことが期待される。
第4―2―13図 民間企業が期待する今後の経済交渉における政府の役割
第4―2―14表 各国の会計基準設定主体
第4―2―15図 日本の株式流通市場における外国人投資家比率の推移
第4―2―16表 国際会計基準策定をめぐる状況と、最近の我が国の会計制度改革の動向
第4―2―17図 ISO幹事国(TC・SC)業務引受数の推移
第4―2―18表 各国の国家標準化機関と政府との関係について
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