2010年1月5日火曜日

規範や制度は、各国の「公正」性に基づいて構築されるもの

5.グローバリゼーションに対する懸念の背景とセーフティネットの整備

(1) グローバリゼーションに対する懸念の背景

1)多様な懸念の背景
 以上を含めて、グローバリゼーションに対する懸念として寄せられる「反グローバリゼーション」の主張を整理すると、必ずしも貿易投資の拡大の帰結として生じている問題ではないものも多く含まれており、「反グローバリゼーション」を議論するに当たっての混乱を招く原因にもなっている。グローバリゼーションに対する懸念を、主に貿易投資の拡大によって影響を受ける問題と必ずしも貿易投資の拡大のみによって直接的に帰結されるものではない問題とに大別すると、第3─2─14表のように整理することができる。
 なお、グローバリゼーションに対する懸念の主張の中には、その真の目的が保護貿易主義的なものも見られる。そのため、例えば中核的労働基準の保護という基本的人権に関する主張が、貿易措置と関連づけて議論される過程で、一時的な低賃金労働による産品の排除に形を変えるなど、いわゆる「偽装された保護主義」が顕在化することが起こり得る。したがって、グローバリゼーションに対する懸念について議論するに当たっては、それらの問題の本質を整理した上で議論しなければ、グローバリゼーションの進展に伴う様々なひずみを解決していく上で建設的なものとはならない。グローバリゼーションに対する懸念が単なる保護貿易主義につながらないように注意することが必要である。

2)グローバリゼーションが生み出す国内的及び国際的緊張
 グローバリゼーションに対する懸念の主張について見てみると、その内容は多種多様であり、必ずしも貿易投資の拡大と直接関係がないものも含まれている。しかしながら、貿易投資の拡大によって影響を受ける問題について見てみると、それらに共通して言えることは、今日の財、サービス、資本等の市場統合や市場経済化の進展が従来の社会の仕組みに変更を迫るものであり、これに抵抗を示す人々との間にある種の緊張を生じさせているということである。さらに、第3─2─14表にあるように、貿易投資の拡大によって影響を受ける問題については、雇用の問題によって生じる国内的な緊張と各国の主権に関する問題によって生じる国際的な緊張とに分けられる。

(グローバリゼーションが国内の一部にもたらす緊張)
 貿易投資の拡大がもたらす緊張の1つは、国内の一部にもたらす緊張である。それは、国境を越えることのできる貿易投資と国境を越えることができないものとの間に生まれる緊張と言うことができる。具体的には、資本や技術は比較的国境を越えて移動しやすいのに対して、労働は国境を越えにくいのが現実である。資本と技術が労働という生産要素を求めて国境を越え始め、ある国の労働が他国の労働と以前に比べて比較的容易に代替され得るようになった。その結果、他国の労働と代替的になり、直接的に国際的産業構造調整の不安に直面する労働と貿易投資との間に緊張が生まれるのである。このように、貿易投資の拡大によって国内の一部の労働が他国の労働に取って代わる場合、一国内の一部の雇用において不安が高まることがある。1999年のWTOシアトル閣僚会合に参加した欧米NGOの約半分は、産業又は農業を基盤とするものであったが、これはまさに国内の一部に生じた緊張の表れと言えよう(第3─2─15図)。

(グローバリゼーションが国際的にもたらす緊張)
 貿易投資の拡大は国際的にも緊張をもたらすことがある。貿易投資が拡大し、異なる社会や経済の制度・基盤を持つ国、または異なる経済発展段階にある国同士の貿易が進展すると、事業活動に伴う障壁を低減・撤廃する要請が働く。第4章第2節で詳述するが、このような貿易投資の拡大に伴う国際制度整備の進展は、関税の引下げ等の水際障害の除去から、徐々にそれぞれの国内における経済活動の障害や経済制度の「公正」性に対する認識の差異の問題に発展する。各国の経済規制、労働基準、環境基準等は、それぞれの国の事情によって作られているが、事業活動の円滑化の観点から制度ハーモナイゼーションを迫られ、その結果、各国の国内的規範や社会・経済制度の間に緊張が高まることがあるのである。それぞれの国における社会的または経済的な規範や制度は、各国の「公正」性に基づいて構築されるものであり、必ずしも他国においても同様に「公正」なものとして受け入れられるとは限らない。そのため、各国の経済活動の関係が深化するに伴い、逆に各国の主権下における「公正」性の衝突が生じる場合がある。前述した食品安全基準をめぐる主張の衝突等は、このような国際的に生じている緊張の表れである(注56)。しかし、保護主義的な立場から提起される主張も少なくなく、このような国際的緊張が隠れた保護主義につながらないように注意を払っていくことが必要である。

第3―2―14表 グローバリゼーションに対する懸念の分類
第3―2―15図 1999年WTOシアトル閣僚会議に参加した欧米NGO

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