1.我が国の対外経済政策を取り巻く環境の変化
従来我が国は、WTOにおけるルール・メイキングを主軸に据えた対外経済政策を展開してきたが、今日、我が国の対外経済政策を取り巻く環境は著しい変化を遂げている。以下では、我が国が21世紀における対外経済政策を立案し、実施していく際に踏まえておくべき外部環境の変化について整理を行う。
(1) WTOにおけるルール・メイキングの現状
1)加盟国数の増加と交渉項目の広がり
前節で考察したとおり、GATT設立の前年に開催された1947年の第1回関税交渉当時わずか23か国であったWTO加盟国数は、現在140か国(注216)にまで増加している(前掲第4―2―8図)。したがって、すべてのWTO加盟国の関心及び懸念に応え、各国の交渉参加インセンティブを確保するためには、十分に広範な交渉項目(アジェンダ)を設定することが不可欠である。一方、交渉に参加することの意義が加盟国にとって明確であった関税交渉中心の時代と比較して、アジェンダが多様化した今日のWTO 交渉においては、各アジェンダの意義を加盟国間で理解し共有する段階から多大な時間と労力を要するようになった。
このように加盟国数が増加し、交渉項目が多様化した結果、WTOにおける機動的な交渉や合意形成は困難なものとなる傾向にある(注217)。例えば1999年のシアトル閣僚会議においては、労働、環境、投資、競争、アンチ・ダンピング等といった各アジェンダに関して、「交渉項目」、「交渉の方式」のみならず「交渉の必要性」についても各国の立場が収斂しなかったが、このことは次期ラウンド交渉の立上げに至らなかった主要な理由の1つでもあった。
2)自由化約束や制度構築の影響に関する予測可能性の低下
伝統的な関税交渉においては、主に「リクエスト&オファー方式」と「フォーミュラ方式」という2つの交渉方式が用いられてきた。「リクエスト&オファー方式」とは、関税引下げを要求する分野のリストを二国間で交換し、結果的に両国の関税引下げ効果が同等になるよう調整しながら交渉を進める方式である(注218)。一方の「フォーミュラ方式」とは、あらかじめ定められた関税引下げ率や引下げ幅に従い、交渉参加国が一律あるいは経済の発展段階に応じて関税引下げを行う方式である。
関税引下げが主要な交渉分野であった時代においては、上記いずれの交渉方式を用いても「関税引下げが最終的に各国の輸出入量にどのような影響を与えるか」ということを交渉の段階で各国政府が予測することが比較的容易であった。一方、今日の交渉アジェンダは国内規制の改革を伴うサービス分野の自由化、電子商取引のような新分野の制度構築、あるいは環境・労働といった社会政策的な分野にまで及んでおり、自由化約束や国内制度変更の影響について各国が交渉の段階で定量的に予測することが難しくなっている。このように、交渉を行うことの成果や副作用に関する予測可能性が低下しつつあることも、今日のWTO交渉における機動的な合意形成を難しくしている要因と言える。
3)自由化達成度と交渉力のパラドクス
WTOにおける自由化の原則としては、各加盟国が互いに自由化の恩恵を与え、享受し合うという「互恵主義」の理念が掲げられている。つまり、交渉に当たっては相手国に対して一方的に自由化を要求するのではなく、自由化を要求するからには、その見返りとして、自国も相手国にとって魅力的な自由化を行うという考え方である。前述の「リクエスト&オファー」という交渉方式も、基本的には互恵主義の精神を具現化するための方式であった。
しかしながら今日、リクエスト&オファー方式の副作用として、「自由化の進んでいる国ほど交渉力が低下する」といったパラドクスが生じている。つまり、関税引下げが相当程度進んでいる先進国が途上国に対して自由化を求める際に、途上国に対して与える見返り(先進国の更なる自由化の余地)がさほど多く残されていないという問題である。結果として、先進国の交渉力は相対的に低下しつつあり、WTO交渉自体の機動力も低下しつつある。
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