3.21世紀型ルール・メイキングへ向けて
グローバリゼーションが急速に進展した1980年代以降、国際的ルール・メイキングは水際措置から国内措置へ、貿易分野から非貿易分野へとその対象範囲を広げつつある。また一方で、国際社会におけるプレーヤーの数が増加し、各分野で利害関係が複雑に絡みあった状態を呈し、ハーモナイゼーションはますます困難になっている。しかしながら、グローバル化が進む国際社会においては、こうした困難を克服しながら、21世紀型のルール・メイキングに取り組んでいくことが必要である。
(1) 多様性の容認
グローバリゼーションの進展に伴い、途上国を含めたプレーヤーの多様化、国際社会の多様化、対象分野の多様化が進み、ルール・メイキングがより複雑なものとなってきた。例えば、WTO参加国は現在140か国にのぼり、うち約8割が途上国である。途上国の中でも後発開発途上国(LDC:Least Developed Countries)は先進国と同数の29か国あり、さらに、現在ヴィエトナムやカンボディア等6か国のLDCが加盟申請中である(注194)(第4―2―8図 )。このように参加者や対象分野の多様化が進展する中では、これらの多様性を容認しながらルール・メイキングを進めていかなければならない。
1) 参加者の多様化と交渉方式の多様化
所得水準、文化等様々に異なる背景を持つ国家が、それぞれがインセンティブを持ちながらルール・メイキングに参加し、コンセンサスを形成していくことは、大きな困難を伴う作業である。例えば、前章で見たように環境、労働基準等の議論はその顕著な例である。貿易と環境の問題に関しては、環境重視派から自由貿易擁護派まで、社会的、経済的多様性を背景とした様々な立場が混在し、議論の対立が生じている。こうした中で、途上国も含めたルール・メイキングへのインセンティブを確保する方法を検討することが重要となっている。このための方法として、例えば、WTO新ラウンドに関するプルリ方式、WTOサービス貿易交渉に関する日本提案の中で指摘された新しい交渉方式案、地域及び二国間協定の活用といった方法が考えられる。
まず、プルリ方式は、WTO新ラウンド交渉に関してEUが非公式に提案しているものである。具体的には、投資ルール及び競争ルールの策定交渉に関して、途上国のWTO新ラウンド交渉へのインセンティブを高めるために、最終的に協定への署名をするか否かについて選択できる余地を残すという提案である(注195)。この枠組みの利点としては、1)ルール・メイキングの目標達成レベルを下げる必要がないこと、2)途上国がそれぞれの国の能力に応じて参加・不参加を選ぶことができること、が挙げられる。一方、デメリットとしては、多くの途上国が不参加を選択した場合に、ルール策定の意味が半減してしまうおそれがあること、国際社会の二層化をもたらすおそれがあることが指摘されている。しかしながら、交渉の最終段階まで参加・不参加の自由を保証することは、新分野におけるルール・メイキングに対する途上国の参加インセンティブを確保するという観点からは、有効な方法の1つであると考えられる。
次に、WTOサービス貿易交渉における新しい交渉方式案とは、これまでの伝統的な二国間交渉の積み重ねによるサービス貿易交渉を補完する方法として検討を行っているものである。具体的には、サービス分野における一層高い水準の自由化を達成するために、経済規模や経済成長の程度に応じて約束すべき分野の数を定め、それに基づいて各国の約束数を拡大させるというものである(コラム11参照)。経済規模の経済発展の度合いも異なる参加国の間で、その多様性を認めつつ、サービス分野における交渉を進めていく有効な選択肢の1つになると考えられる。
第三に、地域及び二国間協定の活用であるが、これは参加者が増加し、多様化している多国間の場ではなく、限られた参加者による交渉フォーラムでルール・メイキングを行うという考え方である。この点については第3節において詳述する。
このように、国際社会の多様化に対し、多様化を容認した上でルール・メイキングを進めていくための様々な交渉方式が提案され、同時に、様々なルール・メイキングの場が活用されている。ある1つの対象分野においても、多国間、地域、二国間、といった様々な場でのルール・メイキングを行い、それらを複合的・補完的に用いることにより、より広い範囲におけるルール・メイキングを迅速に進めて行くことが可能となる。
2)対象分野の拡大とアプローチの多様化
国際的なルール・メイキングの対象分野は、1980年代以降のGATT/WTO体制に代表されるように、国境における管理・調整から相互の国内社会制度の調整へと移ってきた。新たな国際秩序の構築が求められる分野が多様化してきている。こうした対象分野の多様化の中で、ハーモナイゼーションの方法自体も多様化している。各国の制度のハーモナイゼーションは、必ずしも制度の同一化、収束(「統一化アプローチ」)を意味するものではない。もともと、音楽のハーモニーは、個々の楽器の音色や旋律は多様である。制度のハーモナイゼーションもこれと同様に、制度の多様性を前提とし、多様性の利点を活かしつつ、不協和音を起こさぬよう各国制度を調整すること(「調整アプローチ」)も意味している(注196)。これらの多様なアプローチを整理したものが第4―2―11表 である。以下各アプローチについて述べることとする。
(統一化アプローチと調整アプローチ)
まず、「統一化アプローチ」は、国際的に基準化された制度へ同一化・収束させるものである。共通の基準・制度を採用することにより、各国が異なる基準・制度を採用する場合に比べてより多くの利便性を享受することができる。例えば、国境を越えたビジネスにおいては、相手国企業と同一のルールの下で競争することを可能にする。しかし、同時にこれまでと異なる基準・制度を導入するコストは非常に大きくなると考えられる。
一方で、各国の制度上の相違を前提に制度の調整を行う「調整アプローチ」は、「統一化アプローチ」に比べ、各国の制度の変更が小さいため、調整コストが小さくて済むというメリットがある。以下では、調整アプローチを、「相互承認」、「規制の制限」、「ミニマム設定」、「結果の義務の設定」及び「ピア・プレッシャー」という5つの態様に分けて考察する。
(調整アプローチの5態様)
まず、「相互承認」は、自国の適合性評価機関が相手国の適合性評価基準・手続きで評価された結果を自国内で評価したものとして互いに受け入れあうものである。もともとは、EU市場統合の過程で、域内における基準・認証制度の統合のために用いられた手法であるが、EUはこの方式を域外国との間でも活用している。これまで、1996年にオーストラリア及びニュー・ジーランドと、1997年に米国及びカナダと相互承認協定(MRA:Mutual Recognition Agreement)を締結した。2000年には日本と協定案文に仮署名する等、積極的に展開している(注197)。また、WTOの貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定:Agreement on Technical Barriers to Trade)においては、適合性評価手続きの結果の相互承認を奨励している。こうした相互承認制度により、グローバルに活動する企業のコスト削減、市場アクセス改善が高まっている。
「規制の制限」は、各国間で政府の介入を一定のレベルに制限することで、競争環境の整備を進めるためのルールの調整を図る方法である。例えば、GATS 第16条の市場アクセス条項では、留保を付けずに約束をした分野において、政府が採るべきでない措置の類型として、サービスの供給者数の制限や雇用者数の制限、外資制限等の6種類の措置を限定列挙している。
「ミニマム設定」は、競争環境の整備あるいは安全性等の政策目的を確保するために、各国の国内制度と重複・矛盾しない形での最低限のレベルを設定する。 BIS規制や「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定:Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)」、EUを中心とした二国間での競争法協力協定等がその例として挙げられる。
結果の義務のみを課し、その達成手段は各国の裁量とする「結果の義務の設定」には、バーゼル条約や気候変動枠組条約、生物多様性条約等、近年の地球環境保護に関する多数国間条約の多くが該当する(注198)。地球環境保護の問題に対応するには、環境損害・危険の防止と救済のための措置を整備するのみならず、その基準設定・監視・情報交換・予防措置等、規制も強化しなくてはならない。しかし、統一のルールを導入しようとすると、その案文作成、採択、発効、改正の要件及び手続きが厳格で時間がかかる。そればかりか、その適用も当事者に限られる等、急速に変化し進展する国際問題に適切に対応できない。こうした問題に対処するために、このアプローチでは、当該分野での義務に関する一般原則を定めるにとどめる。そして、機動性を維持しつつ義務の実施を確保するために、具体的内容や各国の分担に関しては別個の議定書や附属書で定め、定期的に再検討するという仕組みである。
この結果の義務を更に緩くしたものが、「ピア・プレッシャー」である。これは、締約国は種々の措置を採る義務を負うが、その措置の具体的な中身は各国に任され、その措置に関する定期的な報告を他国との会合等で検討するというものである。いわば情報の公開を通じて自律的な改善を促す仕組みである。各国に課される義務は調整アプローチの中で最も緩やかではあるが、何らかの共通の目的が存在する分野において、有効な調整方法と言える。具体的には、先進国・途上国間の合意により締結された国際協定において、初めて貿易上の利益と環境保護、労働基準を関連づける仕組みが設けられたNAFTAの環境・労働に関する補完協定が例として挙げられる。ここでは、環境、労働いずれについても3国間で共通の基準を設けるのではなく、加盟国が国内法に従って高い環境保護水準・労働基準を確保し、その向上に向けて継続的に努力することが規定されている。例えば、環境に関する補完協定では、各国に環境法制に関する情報の公開を義務づけると同時に、環境協力委員会を設置した。この委員会は、3国の閣僚及び非政府代表等から構成される。当事国が環境法制の有効な履行確保を怠っているとの申立てを受けて事実審査を行い、当事国に対して履行確保の欠如について指摘を行うことができる。指摘を受けた国は、法的に改善義務を負うわけではないが、情報の公開を通じて事実上の改善のプレッシャーを受けることとなる(注199)。
これらの様々なアプローチの選択により、国境を越えて相互に影響を与える問題の多くは解決できると考えられる(注200)。具体的には、対象分野に応じ、利害得失を考えながら、最適なアプローチを選択していくべきであろう。
第4―2―8図 GATT/WTO参加国数と途上国の割合の推移
第4―2―11表 ハーモナイゼーションのメニュー及び態様
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