2010年1月5日火曜日

競争政策分野における国際的ルールの整備は不可欠

(2) 競争政策分野

 従来、競争政策は、公正で自由な競争促進を通じて国内の消費者利益を確保することを目的として実施されてきた。しかし、企業活動が国際化し、市場が一体化するに伴い、各国が個別の競争政策による対応だけではなく、競争政策に関して、各国の連携も含めた国際的なルール・メイキングを行う必要性が高まっている。

1)活発化する企業の国際展開と競争政策
 企業の国際的事業展開の活発化に伴い、複数国にまたがる企業行為や外国における行為でありながら自国市場の競争状態に悪影響をもたらすケースが増加してきた。例えば、米国では1998年から、マイクロソフト社がオペレーション・システム分野における独占的な地位をアプリケーション・ソフト分野で濫用しているとして独占禁止法訴訟が行われている。同社の製品は、全世界で販売されていることから、米国内にとどまらず各国に影響を与えることは当然である。このため、EUも2000年8月、同社に対する正式審査手続きを開始した(注181)。また、1997年のボーイング社及びマグダネル・ダグラス社の米国企業同士の合併についても、航空機産業の公正な競争が阻害されるとして、EUは、この合併に対してEU独禁法違反との見解を表明し、調査を行った(注182)。
 しかしながら、自国競争法の積極的な域外適用については、重大な政治的摩擦を引き起こす可能性があるばかりでなく、実務的にも執行の実効性の確保が困難であるという問題がある。したがって、こうした企業による競争上不当な行為を的確に排除することは、一国の競争当局のみでは困難な場合があり、国際的な協力も含めたルール・メイキングが必要となってきた(注183)。さらに、途上国の中には競争法制が未整備である国も多いが、近年、途上国や市場経済移行国・地域においても国内競争法を整備する動きが活発化してきている(第4―2―4表 )。これは、途上国をも含めて、国際的に競争政策の重要性に対する認識が高まっていることの1つの表れであると考えられる。

2)競争政策のハーモナイゼーション(注184)と規律の強化
 競争政策に関するルール・メイキングは、大きく2つに分けることができる。1つは各国の競争法・競争政策のハーモナイゼーションであり、もう1つは競争法の規律強化である。以下、それぞれについて具体例を示しつつ考察する。
 まず、実体面でのルールのハーモナイゼーションとしては、合併に関する制度が例として挙げられる。市場がグローバル化する中で、国際寡占といった問題が生じる等、大規模の合併や提携は関係国の市場に多面的な影響を持つようになってきた。前述のボーイング社及びマグダネル・ダグラス社の合併について、当初、米国はこれを自国の独占禁止法に違反しないとし、EUはEU独禁法違反とした。このような例に見られるように、企業間の国際的な合併に関しては、情報交換等により関係国間の緊密な協力が不可欠であると同時に、ルールのハーモナイゼーションも必要となってきた。何らかの共通規制基準が関係国内で形成されなければ、グローバル市場において活動を行う企業の事業は非常に不安定な状況に置かれることになる。
 また、国際的なビジネス展開を円滑にするために、手続き面でのハーモナイゼーションも求められる。現在の制度では複数国への届け出が必要であり、かつ届け出の要件は届け出先の国により異なる。したがって、国際的なM&Aが活発化する中では(前掲第1―2―9図)、合併の届け出制度のハーモナイゼーションが行われなければ、企業の負担が大きくなり、企業の円滑な国際展開を阻害することにもなりかねない。
 次に、規律の強化の例としては、カルテルの取締り強化が挙げられる。例えば、輸出カルテルは国際的なルール・メイキングの主要な対象分野の1つと考えられる。しかしながら、各国の競争法は各国国内の消費者保護を目的としており、輸出カルテルは自国の市場には影響を与えないことから、競争法の適用除外ないしは不適用とする国が多い。国際的な貿易及び競争促進の観点からは、こうした分野における規律強化も重要な課題である。
 また、国際カルテルの取締りの強化も指摘されている。OECD(2000)では、国際的な黒鉛電極カルテルにより黒鉛電極の価格が約50%も引き上げられていることや、クエン酸に関する国際カルテルによりカルテル期間中に約30%以上の価格引き上げが生じていることが報告されている(第4―2―5表 )。価格の低下や省コスト化、更なる経済利益の獲得のためには、各国がサービス交渉を通じて自由化を進めるだけではなく、民間企業の反競争的行為を取り締まるための規律を強化すべきであると考えられる。

3)多国間でのハーモナイゼーションの必要性
 競争法のハーモナイゼーションに関して、1950年代から、国際貿易機関(ITO:International Trade Organization)や国連等マルチの場で実体法のハーモナイゼーションが検討されてきたものの各国の合意を得ることができず、ほとんどの交渉が失敗に終わった(注185)。一方、情報交換等の独占禁止法協力を中心とする二国間での取組みについては、1976年の米独協定を始めとし米豪、米加、独仏、米EU間で協定が結ばれる等、1970年代以降活発化し、一定の効果を上げているところであり、我が国でも1999年に日米独禁協力協定が締結された。しかし、二国間協定は現在のところ締結数は少なく(注186)、今後こうした動きを拡大させていく必要がある。また、内容に関しても相手国による執行についても捜査開始を依頼すること等に限定されている状況であり、今後更に協定内容を深化させていくことが有意義である。
 他方、こうした二国間協定の動きに加え、近年マルチの場でのハーモナイゼーションを進めようとする動きも出てきた。ウルグァイ・ラウンド以降、GATT
の場での独禁法ハーモナイゼーションの国際交渉が提唱され、今後の重要な国際的課題として登場している。1996年のシンガポールWTO閣僚会議の結果、貿易と競争政策の相互作用についての作業部会が設置され、競争法・競争政策の国際的ハーモナイゼーションの可能性についても議論されている(注187)。
 しかしながら、競争法・競争政策について多国間でのルール・メイキングを行うことについて、先進国と一部の途上国との間には意見の対立が見られる。先進国側は、前述の投資と同様、途上国への輸出や直接投資についての自由化の一環として、途上国における競争政策の整備を求めている。一方、途上国は、直接投資受入れが順調な経済発展のために不可欠なものとして、競争法・競争政策の重要性は認識している。しかしながら、自国の発展のためにはある程度の競争制限が必要と考える一部の途上国は、国際的なルール・メイキングが自国企業の競争力や雇用に及ぼす影響を危惧し、時期尚早との立場をとっている。
 このように、競争法分野の国際ルール・メイキングを途上国も含めた形で進めていくことは、困難な調整を伴うことが予想される(注188)。しかしながら、グローバル経済における企業の事業活動を円滑化し、国際カルテル等の弊害を除去するためには競争政策分野における国際的ルールの整備は不可欠である。投資分野と並んで今後の国際的ルール・メイキングの重要課題であると言えよう。

第4―2―4表 途上国及び市場経済移行国・地域における1990年代以降の競争法の制定状況
第4―2―5表 代表的な国際カルテルと具体的コスト

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