(2) WTOの信頼性向上と次期交渉ラウンドの立上げ
1)WTOの信頼性向上
前述のとおり、WTO協定が着実に履行され、その信頼性を向上させることが、我が国が引き続き自由貿易の恩恵を享受するための必要条件である。そのための第一の課題は、加盟国の大部分を占める途上国のキャパシティ・ビルディングである。途上国の能力向上については、前節において21世紀におけるルール・メイキングの課題の1つとして検討を行った。そこでも述べたとおり、ウルグァイ・ラウンドによって既に大幅に強化・拡充されたWTO協定は、途上国を含むすべての加盟国により着実に履行される必要がある。途上国に対しては、TRIM協定や、TRIPS協定等において、協定の履行を一定期間猶予することで、対応への時間を提供する枠組みが用意されているが、依然としてWTO協定の履行に関し何らかの困難に直面している途上国が多い。これを放置することは、結果的にWTO体制の信頼性を傷つけ、先進国と途上国の分裂を招きかねないため、途上国のキャパシティ・ビルディングへの支援を国際的に強化していくことが急務となっている。
この観点から、我が国は、APECを活用し、途上国の個々のニーズに的確に対応するキャパシティ・ビルディングに関する「戦略的APEC計画」を策定し、昨年の閣僚会合での承認を受けたところであり、今後、順次実施に移すこととしている。また、後発途上国に対しては、WTOや世界銀行、
IMF、UNCTAD等が参加する支援プログラムである「統合フレームワーク」も推進されている。こうした支援を通じて、途上国のWTO協定履行能力が向上し、WTO体制が一層安定化することが期待される。また、途上国サイドからは、履行が困難な協定を中心に、その規律の柔軟化・弾力化を求める動きがある (いわゆる「実施問題」)。本来、途上国に対してのみ弾力的な規律の運用を認めることは、規律が先進国・途上国で分断されることにつながりかねず、WTO 体制の普遍性・公平性維持の観点から好ましいこととは言えない。しかしながら、他方、途上国の実情に一定の配慮を行っていくことも重要であり、いかなる対応が可能か、後述する次期交渉ラウンド立上げとも関連づけながら、真剣に検討していくことが必要であろう。
第二に、WTOの信頼性向上の観点から避けて通れないのが、地球環境問題を始めとする社会政策的な目標との調整の問題である。これらの問題については、第3章第2節において詳しく論じたところであるが、WTOは基本的に、貿易を促進することを通じて国際的な経済活動を活性化することを任務とする国際機関である。しかしながら、地球環境問題や、文化の多様性の維持、人権の擁護等が、グローバリゼーションの負の側面として意識されるにつれ、WTO体制においても、こうした問題意識に的確に対応すべきとの議論が活発化している。また、WTO体制を通じて地球環境や人権を守るべく、貿易制限を正当化させようとする動きもある。こうした問題意識が一気に噴出したのが、シアトル閣僚会議(1999年11月から12月)であった。もとより、グローバリゼーションに伴う責のすべてをWTO体制に帰することは適当でない。また、各国政府の取り組むべき課題と国際機関の対応を混同することも非建設的である。しかしながら、 WTO自身も、環境問題を始めとする非経済的な価値に一定の配慮を行うメカニズムを内在していることから、今後とも、こうした問題意識を適切に受け止めていく努力が求められる。
2)次期交渉ラウンドの立上げ
現在、国際的に、次期交渉ラウンド(「新ラウンド」)を立ち上げるための努力が続けられている。我が国は、WTO新ラウンド交渉を、21世紀における新たな国際経済秩序を形成する上で、極めて重要な交渉ととらえている。したがって、2001年11月にカタールで開催される予定の第4回WTO閣僚会議において新ラウンドを立ち上げるべく、引き続き努力を傾注しているところである。我が国としては、新ラウンドは、1)ルールが未整備な分野におけるルール整備、2)途上国問題等への取組みによるWTO体制の安定化、3)国内経済の活性化、4)保護主義の顕在化の抑止、等の意義を有するものと認識している。
第一に、グローバリゼーションの進展に伴い、WTOにおいて新たなルール整備が必要な分野が顕在化してきた。その典型が、投資ルール、競争ルール、電子商取引に関するルール等である。この3分野については、前節においてその重要性を詳しく検討したが、いずれの分野についても、現在、作業部会等を通じた作業は進展しているものの、包括的な多国間ルールは存在していない。こうした分野におけるルール・メイキングを進める観点から、新ラウンドは貴重な機会であると位置づけられる。
第二に、前述のとおり、環境問題等の世界経済の発展に伴うひずみや途上国の能力向上といった課題については、WTOとして的確に対応していく必要があるものも含まれている。中には、WTO協定と他の多国間環境協定の整合性確保等、交渉を通じて実現すべきものもあろう。こうした課題への対応にとって、新ラウンドは重要な機会となる。
第三に、閉塞状態にある国内経済を活性化させる上で、新ラウンドにおける取組みは国内外の競争環境の更なる整備を通じて大きな役割を果たし得る。同時に、新ラウンドにおける交渉は、我が国がより効率的、効果的な規制のあり方を見直す機会となろう。
第四に、保護主義の抑止である。米国経済の退潮の中で、国際的に保護主義が顕在化することが強く懸念される。保護主義的な圧力に対して、現行の
WTO体制は決して盤石と言い切れるわけではない。したがって、WTO体制を安定的に維持・発展させるためには、貿易自由化及び貿易関連のルール整備に対する努力を続け、保護主義的な動きを常に相殺していくことが不可欠である。特に、アンチ・ダンピング(AD)措置に関しては、その発動件数が世界的に増加傾向にあり、1993年末時の660件から、1999年末時点では1.7倍増の1,148件へと増加している。これを発動国の数で見ると、1993年末の 12か国・地域から、1999年末時点では、2.3倍増の28か国・地域へと増加している。特に、旧来からAD措置を多用してきた米国、EU等に加えて、開発途上国によるAD措置の発動も目立っているのが近年の特徴である。この結果、旧来の発動国が被発動国となっている場合も少なくない。今やEUは被発動件数が発動件数を大幅に上回っており、米国も鉄鋼を除いて同様の状態にある。第4―3―25表 は、AD調査を最も数多く受けている上位10か国の一覧であるが、これを見てもわかるとおり、米国も中国に次いで最もAD調査を受けている国となっている。また、米国に対するAD措置の特徴としては、第一に化学、医薬品に対する発動が多く、第二に先進国のみならず途上国による措置が半数近くを占めていることが挙げられる(第4―3―26表 )。
本来AD措置は、最恵国待遇の例外措置であり、ダンピングによる国内産業の損害の除去という限定的な目的のために認められた制度である。またAD措置は、国内産業の保護を目的としたセーフガード措置の発動と異なり、1)相手国に対する補償の提供、2)相手国による対抗措置の受認等が求められていないため、その発動には細心の注意が払われるべきである。しかしながら、今日、必要な要件を満たさないままAD調査を開始する、あるいは発動後に必要な要件が満たされなくなった後にもAD課税を維持する等の濫用が目立っている。こうしたAD措置の濫用は、ダンピングマージン計算や損害認定等の調査手続が技術的かつ複雑であることに加えて、これらの手続きを規定するAD協定の内容が十分詳細でないことに起因している場合が多い。このため多くのWTO加盟国は、AD 措置に関するWTO上の規律を強化し、AD措置の限定的な目的を超える保護主義的・輸入制限的な運用を防ぐことについて関心を抱いている。このように既存ルールの規律を強化することは、既存の交渉で積み上げられた貿易自由化の恩恵を確実なものとし、更に拡大させることにもつながると考えられる。新ラウンドは、これを実現させるための重要な枠組みを提供するものとなろう。
なお、こうした新ラウンドに対する各国の期待と参加のインセンティブを確保するためには、すべての加盟国が、新ラウンドに参加することによって自らの関心を実現し得る、との意識を持てるような、交渉項目・交渉方式・交渉スケジュールを設定していく必要がある。このためには、まず、多様な経済発展水準にある各加盟国の広範な関心事項に適切に対応して、交渉のアジェンダを十分に広範なものとして設定することが不可欠となろう。また、新ラウンド立上げを円滑に進める前提として、前述のとおり、WTOに対する信頼を維持・強化していくことが重要であろう。
第4―3―25表 アンチ・ダンピングの被調査件数上位10か国
第4―3―26表 対米国AD調査件数及び途上国による調査の割合
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