現在位置:asahi.comニュース文化トピックス記事『廃墟に乞う』で直木賞 佐々木譲 冒険を恐れず 転機を拒まず(1/2ページ)2010年1月29日14時50分
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作家 佐々木譲氏
初めて小説を書いてから、三十一年になる。去年、もう三十年も書き続けていらっしゃるのですね、という意味のことをよく言われ、そういえばこのところ若手とも中堅とも言われなくなったわけだと気がついた。
このあいだに、いくつか小説家としての転機と呼べることがあった。自分で意識的に選んだときもあるし、与えられたときもある。たとえば、青春小説からハードボイルド・ミステリーを書き出すきっかけは、何人かの編集者さんたちからたて続けに、あなたはハードボイルドや冒険小説がお好きなはずだ、と指摘されたことだった。その編集者さんたちから、好きなら書いてみませんか、とうながされたことが、わたしのキャリアの最初の転機であったろう。
環境を選び取ることで、転機がきたこともある。あふれかえる資料の収納に音を上げて、とにかく書庫を建てようと北海道東部に仕事場を建てたことも、結果としてわたしの主題を大きく変えてくれた。これだけスペースがあるならいくらでも資料を集めることができると、本の購入制限を取っ払ったときから、わたしの主ジャンルは歴史小説となった。『武揚伝』『天下城』などの長大な歴史小説を、資料の山に埋もれて書けたのは、あの環境あってのことだ。
■マルティン・ベックが転機
このところわたしは、警察小説を中心に書いているけれども、これは角川春樹事務所社長の角川春樹氏のひとことがきっかけだった。
「マルティン・ベック・シリーズを書きませんか」
若い時分にわたしが愛読したシリーズの名を出されて、わたしは狂喜する想(おも)いだった。自分にあのシリーズのような、壮大にしてラジカルな警察小説が書ける? 書く機会を与えてもらえる?
『廃墟に乞う』で直木賞 佐々木譲 冒険を恐れず 転機を拒まず(2/2ページ)2010年1月29日14時50分
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作家 佐々木譲氏
大好きだけれども手がけるにはまだまだ自分は技量不足という想いがあったから、このお誘いは効いた。角川氏の側から言えば、読書界の傾向の微妙な変化を感じ取り、新しい警察小説の書き手を探していたということでもあったのだろう。
そして取材を始めてみると、この世界の深いこと、広いこと、面白いこと。調べても調べても興味はつきず、しかもどんどん周辺領域へも好奇心は広がる。気がついたら、警察を題材にしたものだけで、シリーズを三つも書くことになっていた。
先日『廃墟(はいきょ)に乞(こ)う』(文芸春秋)という警察小説で直木賞をいただいたけれども、これもまちがいなく、警察小説へ踏み出すという転機を与えてくれた角川氏のおかげと言える。
いまわたしがおそれるのは、自分がテリトリーをこうと決めてしまい、守りに入ることだ。言葉を変えれば、保守的になって冒険を避けるようになることだ。そうなったら、緩慢に、しかし確実に作家として衰弱してゆくだろう。そうはなりたくない。
次の転機も、わたしは拒まない。
◇
ささき・じょう 1950年生まれ。79年「鉄騎兵、跳んだ」でオール読物新人賞を受賞し、デビュー。著書に『ベルリン飛行指令』『エトロフ発緊急電』『警官の血』など。『廃墟に乞う』で第142回直木賞。最新刊(28日刊)に『北帰行』。
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2010年2月20日土曜日
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